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2010年5月14日 (金)

八代亜紀歌手生活40周年記念対談

八代亜紀歌手生活40周年記念対談

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鈴木:歌手生活四十周年おめでとう。

八代:ありがとうございます。
お蔭様で八代亜紀になって四十年になりました。

鈴木:初めて会った時は、亜紀ちゃんが一番苦しかった頃だものね。

八代:はい。売れなくてどうしようもない時期もありましたけど鈴木先生、悠木先生とお会い出来た事が大きな転機になりましたね。
その時に先生方にかけて頂いた愛情を強く感じて、今でもそれを噛み締めて生きてます。

鈴木:あの頃の僕はコワかったんじゃない?

八代:いいえ!先生の事を恐いと言う人が多かったんですが、そんな事一度も感じた事なく、本当に良くして頂きました。

鈴木:それは「歌謡選手権」で厳しい審査をしていたからだろうね、
亜紀ちゃんには優しかったけど、他の人たちには「歌うのやめたら…」なんて言ってたからね。

八代:だから歌手仲間には「恐くないよ」って良くいうんですけど、
「いや、恐そう~」ってみんな言うんですよ。(笑)
「なみだ恋」を作曲して貰った時は、先生のお宅へ泊り込みでお世話になりました。

鈴木:いつ曲が出来るかわからないからね。
昼間は子供とよく遊んで呉れてたよね…。

八代:夜中も鈴木先生の部屋からピアノの音が聞こえて来るので、私の為に作ってくださっていると思うと寝れませんでしたね。
悠木先生が「もう遅いから寝てていいよ」って言われるんですが、「出来た!」って言われたときには、すぐ歌えるようにと思って洋服着て正座して待ってまし た。

鈴木:そう、だから真夜中に完成した時には、すぐに歌ってくれて明け方近くまで練習したね。
あ、そうだ…これは後から聞いた話なんだけど、当時うちのお手伝いをしていた人がね、亜紀ちゃんのレッスンの時に部屋の前の階段でじっと聞いていたんだっ て。
それを悠木が見つけて「そこで何してるの?」って聞いたら、「あまりにも素晴らしい歌なのでつい聞き入ってしまいました」って言うんで、良く聞こえるよう にレッスン室の扉を少しだけ開けてあげたんだって。
その人は、美空ひばりのお手伝いをしてた事があったらしいよ。

八代:耳が肥えてらしたんですね。(笑)

鈴木:そうだよ(笑)。
「私がこんなに感心するんだから、この人きっと大歌手になるわ!」…なんて、そのお手伝いさんも思ったんだよ。(笑)

八代:アハハハ…。

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鈴木:作曲した時は、あれ程売れるとは思わなかったよ。
街の中で「チンドン屋さん」が演奏してた時は嬉しかったな。
それと、亜紀ちゃん憶えてる?「なみだ恋」が2月に発売になったばかりの時、まだ仕事がそんなになくて、スケジュール帳は真っ白だったんだよ。

そのスケジュール帳の一番最後のページの十二月三十一日の所に、亜紀ちゃんが自分で「紅白歌合戦出場!」って書き入れたんだよ。(笑)

八代:そうでしたね!(笑)
「絶対に出演します!紅白に出場したら先生方をハワイに招待します!」とか言ってましたね(笑)

鈴木:僕たちも「ハイハイ!歌手はみんな同じ事を言うけど、誰も連れて行って呉れた人は居ないよ」とか言ってたけど、それが本当になっちゃって(笑)
日本レコード大賞・歌唱賞、新宿音楽祭・金賞、日本有線大賞・優秀賞、日本歌謡大賞・放送音楽賞と総なめ、紅白にも出場して、お正月には亜紀ちゃんの両親 と僕の家族を本当にハワイに招待してくれたね。

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【写真】亜紀ちゃんが招待して呉れたハワイ旅行のスナップ)。
8ヶ月の次女は「亜紀ちゃんのお父さん」が子守中

八代:あの時のハワイ旅行は、本当に良い思い出でしたねぇ!
悠木先生は生後8ヶ月の愛ちゃんが一緒だったので、うちの父が「悠木先生、赤ちゃんと一緒じゃ何処にも行けんでしょ?私が見とるけん、亜紀と一緒に出掛け て下さい!」って、言って呉れたんですよね。

鈴木:そう、お父さんと付き人さんにミルクとオムツを預けて(笑)
素敵なお父さんだったね、「九州男児!」という感じで。

そうだ!亜紀ちゃん!
話は変わるけど、今度、「夢追い人」という僕の作品集のアルバムがコロムビアから発売になったんだけど、亜紀ちゃんの曲も「なみだ恋」、「ともしび」、 「あなたに乾盃」が収録されているよ。
本当は「おんなの夢」も入れたかったけどね。

八代:「おんなの夢」も大ヒットしましたからね。
オリコン総合ランキング4位でスタートして…週の一番最初にベストテンを発表する、朝5時くらいに放送していたロイ・ジェームスさんの生番組で…。

鈴木:良く覚えてるねぇ?

八代:車で仕事に向かう途中、なかなか開かない踏み切りがあって、そこで「仕事に間に合うかな?」と心配して待っているときに丁度その放送が流れていたん ですよ。
「4位 初登場 八代亜紀 おんなの夢!」と言ってイントロが鳴ったときに驚いてゾーッと感じましたね。

鈴木:それは忘れられないね

八代:そういえば、鈴木先生覚えていらっしゃいますか?
「おんなの夢」の最初の部分が出来た時に先生が、「亜紀ちゃんこういうのどうかな?」ってメロディーを歌ってくれて、私が「それ!いいです!」というと、 「いやー、でもこれは恥ずかしいなー」っておっしゃるんですよ(笑)

鈴木:"おんな おんな♪"の所も、はじめメロディーが違ってて、「ここを繰り返したらどうだろう?」とか案を自分で出しながら、「いや、これも恥ずかし い」なんて…(笑)

本誌:それはどうしてなんですが?

八代:それは"雨の降る夜は~♪"とかポップスを作られてた先生が、"い~ちどぉ~でいぃかぁ~ら♪"、という演歌のギャップは恥ずかしかったんでしょう ね(笑)

本誌:でも、それが結果大ヒットになったんですね。
鈴木:本当に良く売れたね、生産が追いつかなくてさぁ。

八代:本当、良き時代でしたねぇ…。

鈴木:ハァ~(ため息)

一同:(笑)

鈴木:今はなかなかCDが売れない時代だけど、また良い曲つくって一緒にがんばろうね!(笑)

八代:はい!是非やりましょう!

本誌 約束の時間が過ぎても、当分の間、二人の話は尽きない様子で続いてました。

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コメント

作詞家・作曲家そして歌手に全く縁のない技術屋ですがこの記事により皆様方が何に歓びを感じ何に悲しむのか良くわかりました。
作詞家・作曲家そして歌手の皆さんが身近に感じられるようになった一文でした。 有難うござおます。

投稿: 豊田 利一 | 2010年5月14日 (金) 20時43分

鈴木先生
 夜の新宿 裏通り~♪、懐かしいです。八代亜紀さんはこの曲でブレイクでしたよね。う~ん、懐かしい。それにしても、「歌うのやめたら…」っちゅうのは、こりゃまたどうも「怖い」です。でも、これもひとつの「愛情」なのでしょう。

投稿: lucky8 | 2010年5月14日 (金) 23時22分

鈴木先生、こんばんは。

八代亜紀さんとの対談の様子、文面を読んでいるだけでも、とても楽しそうな雰囲気が伝わってきます。
それと、何年たっても、八代さんの先生への感謝の気持ちが伝わってきますね。

載せてくださって、ありがとうございました。

投稿: Luxisのファン | 2010年5月15日 (土) 01時14分

先生こんばんは・・亜紀さんの四十周年おめでとうございます。遅まきながらBSでの先生も出演されていました、八代亜紀さん「ザ・スター」拝見しました。
16歳でキャバレーから出発された亜紀さん、ガッツありますね。12月末の紅白だけを記入して、目標として頑張って今日の歌謡界の文字通り、ザ・スターとなられて素晴らしいの一言です。先生のインタビューから40周年を一言で言うのは簡単でもあの時間内に収まりきれないご苦労を、そして並々ならぬ努力を感じました。
私は「舟歌」からの亜紀さんのファンで、その当時のLPのジャケットにチューしていた若かりし頃を思い出しました。息子も「アニメ・ラッキーマン」の舟歌の替え歌を歌っていましたし、ひさびさにカラオケに行きたくなりました。でも、亜紀さんの歌声の迫力は素晴らしいですね。全ての歌・曲が名曲ですが、なみだ恋は何年経過しても歌い継がれる名曲として後世に残っていく歌ですね。演歌で日本も昔のように、みんなが口ずさんでいた頃のような元気な日本に、日本人の琴線にふれる演歌で立ち直って欲しいと痛感しています。
先生、いつまでもお元気で日本歌謡界を牽引されることを心よりお祈り申し上げます。

投稿: あすたりすく1号 | 2010年8月21日 (土) 02時47分

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