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2008年3月16日 - 2008年3月22日

2008年3月21日 (金)

ちあきなおみ物語62

Linda_3   
今日は、この前から二度くらいブログに書いてた「リンダ・コラソン」の話をします。

       ♪   ♪   ♪

「リンダ」はフィリピンから日本に来て歌っていた全く無名の歌手でした。

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今から5~6年前に、ボクが主催している「全国歌の甲子園大会」で、全国から集まった強豪を破って、見事にグランプリを獲ったのです。

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ボクは「グランプリ」のご褒美にレッスンをして、
日本コロムビアから「SEA SIDE STORY」「朝がくる前に」ちあきなおみ・2枚目シングルのカバー)のカップリングでデビューさせました。

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その後、日本作曲家協会の作曲コンテスト・グランプリ曲「Forever」(作曲YORI)(B面はボクが作曲した「哀愁えとらんぜ」)を発売しましたが、只、ボク一人だけが応援しているだけで、TV出演ももまゝならず、宣伝も出来ずで、隠れたファンの人達に知られるだけの存在でした。

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ところが3枚目のシングル「猫のファド」(阿久悠作詞・浜圭介作曲)がカラオケ・ファンに支持されて、この曲は「カラオケ大会」の愛唱歌になってるのですが、オリジナル歌手のリンダだけはまだ、無名で隠れた侭の存在なのです。

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決して美人でもなく、背も高くなく、(いや低い、笑)・・・。

ところが、ステージに立つと,実に立派で大きく見えて、その歌唱には圧倒されてしまいます

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歌っている本人も・・・。惚れ込んでマネージャーをやっているKさん(女性)も、そして応援しているボク迄もが「生き方」の下手な人間ばかり

そんな3人で、「横浜のライブ」を企画したものゝ・・・。

実はまだ、空席があるんです。

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”ちあきなおみ”のライブではないけれど、リンダの歌を聴いてみようかな?」と気が向いた方が居られましたら、是非、ヨコハマ迄足を運んで下さいませんか?

ボクも行ってます。

「ブログ読んでるよー」と声かけて頂いたら嬉しいな!

♪♪ ライブ情報 ♪♪

3/26(水) 19時開場。20時開演。21:30頃終了。

会場は、横浜駅西口徒歩5分 相鉄ムービル3F
ライブ&バーレストラン「サムズアップ」
045-314-8705 横浜市西区南幸2-1-22
ビックカメラ並びです。横浜駅「みなみ連絡通路・西口出口)が便利です。
¥4000(ドリンク、フードは別途注文となります)

Photo

『ちあきなおみ物語62』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

ボクが経営していた「六本木のピアノ・バー巴塔羅(パトウラ)」は、連夜賑やかに繁盛していたし、名のある作曲家や歌手、そしてミュージシャンがやって来て、演奏したり歌ったりして呉れていたので、ボクには、自分が「音楽の世界から離れて暮らしている」という自覚がまるで無かった。

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ところが・・・。

星野哲郎先生との仕事をキッカケにして、
自分が居なくちゃいけない場所は、”ピアノバー”じゃなくて、”レコーディング・スタジオ”なんだ!」とようやく気付いたボクは、突然「店を閉めよう」と決心するんです。

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『会費・薔薇の花1本』という「お別れの会」を2晩続けて、この愛されたピアノ・バーは閉店した。

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こうして、再び音楽に目覚めたボクは、「本当に自分が書きたい音楽を書いて、ミニコンサートをやりたい!」という思いが沸々と湧き上って来た。

「絶対やろう!」

その時、まず思い浮かんだ顔が、実は「ちあきなおみ」だったのです。

つづく・・・。

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2008年3月20日 (木)

雨の中の「木蓮」

雨の中の「木蓮」
この所の暖かさに、庭の「木蓮」の白い花が急に開いたと思ったら、今日は急に気温が下がって冬に逆戻り。

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ボクは寒いのが嫌いなんですよ。

…だから、折角の休日なのに、一日中、何処にも出掛けず、「冷たい雨に震える木蓮の花」を携帯で撮影したりしていたボクでありました。

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…でも時には、こんな風に“のんびりの休日”もいいもんですね(笑)

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2008年3月19日 (水)

サッちゃんの新ディレクター&『ちあきなおみ物語61』

今日はキングレコードのMディレクターが、椎名佐千子(サッちゃん)の担当から外れる事になって、新任のKディレクターと一緒に事務所に挨拶に来て呉れた。

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7月には新譜を出したいという事で、3人でいろいろ意見交換をして、無事「引継ぎ」が終った。

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Kディレクターとは原田悠里さんのアルバムの録音で一緒に仕事したらしいんだけど、ボクは彼女の曲を書いた事さえ忘れていて、失礼をしちゃった。

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K氏とは新しい気持で、仕事を始めたいし、M氏とはこれからも音楽仲間(彼は若いけど)でいたいものです。

       ♪   ♪   ♪

話は変わりますが…。

3月26日、20:00から行う「リンダ・コラソンのライブ」、ボクや作詞家の山上路夫さんも行ってます。

一緒に聴きに行く人居ませんか?

詳しくは事務所までお問合せくださいね。

メールNo_4

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『ちあきなおみ物語61』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

ボクが「作曲家」をやめたくなったのは、これが最初ではなかったけれど、この時の症状はかなり深刻だったようで、実際に何年間か、作曲家は「開店休業」の状態になった。

その結果、「八代亜紀」としては、いろんな作家と「いろんな作風の曲」に出会う事が出来たし、その間に『舟歌』も生まれて、歌手としての地位も不動にした訳だから、ボクの「休業」もレコード界にとっては貢献したのじゃないのかしらね(笑)。

       ♪   ♪   ♪

この、「開店休業」の間にボクは六本木でピアノ・バーを開店したんです。
そして悪いことに、この店が大当たり!
毎晩、お店で酒浸り(びたり)。

お陰で体調を崩して入院。最悪の時代でしたね。
そして遂に、「ハワイ移住」まで、本気で考えた。

借金をして、ハワイ島に土地まで買っちゃって…。(大損して手放しちゃったけど)

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こんな「大揺れの時代」と、「ちあきの休業」の時代を比べたら悪いね。

(彼女のプライベートとしてはむしろ「幸せな時期」だったかもしれないから…)

       ♪   ♪   ♪

そうやって「作曲家・開店休業」を続けてた或る日…。

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郷土の大先輩でもある作詞家の「星野哲郎先生」が、「淳ちゃん、山本譲二のアルバムを出すので、手伝ってよ。」と言って詩を2篇持って店に来られたんです。

       ♪   ♪   ♪

ボクは「開店休業」してる事も忘れて、飢えていた狼の様に(例えが変かな?)曲を付けた。
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そして、レコーディングでスタジオに入ったボクは…。
「今まで何をしていたんだろう?ボクが本当に居る場所は此処なんだ!
と気づくのです。

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2008年3月18日 (火)

ちあきなおみ物語60

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『ちあきなおみ物語60』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

そんな話がボクの耳にまで聞こえて来るようになったある日のこと、或る著名なギターリストから電話が架かって来た。
「昨日、八代亜紀のレコーディングでテイチクのスタジオに行ったら、淳さんの作品じゃなかったので、びっくりしたよ。何かあったの?」

「えっ?」

・・・ボクは一瞬絶句した。

「遂に来たか!それにしても、こんな形でいきなり外されるなんて・・・
ボクにとっては、まさに「寝耳に水」だった。

~「ちあき」の話に戻る前に、もう少しだけこの侭廻り道をしますね。~

       ♪   ♪   ♪

ボクには知らされない侭の八代亜紀のレコーディングは、他の作家で、何曲か既に集められていたみたいだった。

その都度いろんなミュージシャンから心配の電話が入った。

       ♪   ♪   ♪

親切な電話は有難かったが、その度にボクは不機嫌になった。

       ♪   ♪   ♪

そして遂に、爆発する日がやって来たのです。

       ♪   ♪   ♪

「八代の今度の曲は、”コンペ方式”で、何人かの作家にお願いしようと思ってますので、先生も是非よろしくお願いします」

信頼していたはずの制作陣から、こんな電話がかゝるとは!

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「こゝ迄八代を育てて来たボクが、何で他の作家とコンペをして”八代の曲”を書かされなきゃなんないの?冗談じゃない。ボクは降りる!

スタッフとの喧嘩で、「ちあき」との縁を切ってしまったボクは、それ以後、「スタッフと喧嘩するもんじゃない」と心に決めていた筈なのに・・・
また切れてしまった(苦笑)。

       ♪   ♪   ♪

ボクは「ちあき」や「八代」だけでなく、自分で育てた歌手を、独占的に、そして永久に作品を書き続けようと思った事は一度もないのですが・・・。

       ♪   ♪   ♪

今迄一緒に作品づくりをしていたスタッフが、
ボクを外して無断でレコーディングをしている事に、ひどく傷付いていた所に「コンペ」(いろんな作家に作曲させて、その中からレコ-ド会社が発売曲を選ぶ事)の話が来たので、切れてしまったのです。

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そして、遂に「作曲家なんて、やめてしまおう!」・・・とまで、思い詰めてしまったのです。

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2008年3月17日 (月)

飲み友達&ちあきなおみ物語59

今日は、エイベックス社の放送担当のN君が「六本木に来たので、立ち寄りました」と訪ねて来て呉れた。

彼とボクの年令差はかなりあるんだけど、「ウマが合う」というのか、時々、一緒に飲みに行くんです。

若いスタッフの突然の訪問は嬉しかったよ。

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『ちあきなおみ物語59』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

偶然テレビで観た「ちあき」の『夜へ急ぐ人』は、ボクの知っている彼女の歌い方とはまるで違っていた。

その時の印象を正直にいうと、「怖~い!」と思った。
”気味が悪い”と言うのか、鬼気迫るものがあると言うのか?

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後で判ったんだけど、この頃、彼女はいろんなミュージシャンや作家と出逢って、
彼女の好きな音楽のジャンルも広がって行った時期だったのでしょうね。
(シャンソンや、ファドなども好んで歌ってるという話も聞いた事があるし・・・。)

       ♪   ♪   ♪

「あゝ、これではもう”四つのお願い”や”雨に濡れた慕情”は歌わないだろうな」
と思ったものです。

「ちあきなおみ」は、所属していたプロダクションから独立、結婚。そしてコロムビアとの契約解除。かと思うとそのうち、今度は芸能活動を休業・・・と、歌手として「めまぐるしい変化」があった丁度その頃、
ボクはボクで作曲家としての身の上が「大波に翻弄(ほんろう)される小舟」のように揺れていたのです。

       ♪   ♪   ♪

・・・というのは、「ちあき」のデビュー後「四つのお願い」がヒットした途端に、ボクは彼女の曲を立て続けに何曲も依頼され、出来上がった作品達はシングル、アルバムを問わず次々に発売された。

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そして、今度は全く同じ状況で「八代亜紀」のレコードは、何曲もボクの作品が続いてしまう、という状況になってしまった。

さすがに「これではまずい!。思い切って曲調を変えなければ・・・」と気付いたボクは、演歌とは無縁のコード進行を使った『ともしび』という曲を発表した。

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幸いにこの曲は「日本歌謡大賞・放送音楽賞」その他、幾つかの素晴らしい賞を獲得したものゝ、評論家や、芸能記者の一部から、
「八代亜紀は、まだ鈴木淳の曲ばかり歌ってるの?そろそろ作家を変えないと、マンネリになるよ」という声が上がり始めた。

 

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