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2008年3月2日 - 2008年3月8日

2008年3月 7日 (金)

「ちあきなおみ物語54」

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『ちあきなおみ物語54』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

Y社長は折角出来上った作品を、この侭「ボツ」にしたくはなかったのだろう。

「他の方に別の詞をハメ込んで貰いましょう。」と一生懸命、ボクを説得した。

       ♪   ♪   ♪

本当は、その「勧め」にボクは乗りたかった。

…でも、何処かで、もう一人のボクが引き留めるんです。

「もし反対の立場だったらどう思う?」

「この作詞家とは今後一生、仕事が出来ないよ」

       ♪   ♪   ♪

結局、「やっぱり作詞家に悪いから、残念だけど止めようよ。又、別の曲に挑戦するから」と言って、その曲は「陽の目を見ない作品」になってしまった。

       ♪   ♪   ♪

この時の作品「新宿しぐれ」と「盛り場化粧」は、今でもボクだけの宝物として、自宅のCD棚に収まってるんですよ。

そんな訳で何年ぶりかにボクが作曲した「ちあきなおみ」用の作品は、儚なく消えてしまった。

       ♪   ♪   ♪

こうして、「Y社長」の代理でボクの部屋を訪ねたものゝ、冷たくボクに「追い返された」あの日を最後に、「ちあき」とボクは今日まで1度も会えず仕舞いになってしまった。

~つヾく~

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2008年3月 6日 (木)

ちあきなおみ物語53

久しぶりで事務所の近くのスポーツクラブに行って、「プールウォーキング」をやって来た。

       ♪   ♪   ♪

50分ぶっ続けで歩いたら、さすがに、フラフラ。

水の抵抗の中を「エッチラ、オッチラ」やるのは、結構、消耗するものなんですね。

       ♪   ♪   ♪

プールから上って、更衣室で裸の体を拭いてたら、誰かがこっちを向いてるような気がする。

顔を上げたら目が合った。

俳優の「谷隼人(たにはやと)」さんだった。

「オハヨッス!」(…と元気いっぱい)

「暫く」(ボクのほうは声もかすれ気味)

       ♪   ♪   ♪

あちらは筋骨隆々の鍛え上げた身体。こちらはグロッキー状態の痩せたカラダ…。

ボクがまだヒット作品も出ない侭、「松竹」系の独立プロで映画音楽をやってた時、新人俳優として採用された背が高くて美男子の俳優さん。

       ♪   ♪   ♪

やっぱりボクが音楽を担当してた映画に出演していた「松岡きっこ」さんと恋愛結婚。

去年、何十年ぶりで偶然に再会。

同じクラブの会員だと判ったんだけど、縁って不思議なもんですね。

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『ちあきなおみ物語53』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

「ちあき」が詞を変えて欲しいと言った作品の詞は、2作品とも素晴らしかったけど、歌う本人が「書き替えて欲しい」というのが解らない訳ではなかった。

       ♪   ♪   ♪

なにしろ出だしが、「新宿涙の捨てどころ・・・」なのだ。
これは、八代亜紀の「なみだ恋」とドラマの場所の設定が同じ
だけでなく、曲調まで4分の3のメジャーワルツでは、本人が厭がるのも無理もない話。

       ♪   ♪   ♪

八代の「なみだ恋」の出だしは”夜の新宿裏通り♪”。
これでは後から歌う「ちあき」の「プライドが傷つけられるのも
判るなー」と思ったものです。

       ♪   ♪   ♪

「場所の名前さえ替えて貰えばいいかな?」と思ったボクは
「Yさん、じゃあ作詞の先生に交渉して呉れる?」と頼んだ。

1週間ぐらい経って、Y社長から連絡が入った。

「先生、困りました!作詞家の先生が大変ご立腹で、”詞は取り下げて返して欲しい。だから鈴木さんにも絶対に降りて貰って呉れ”と言われちゃいました。」

今度は作詞家のプライドが傷付けられたんですね。

       ♪   ♪   ♪

詞と曲の違いこそあれ、ボクも同じ作家なので、その人の気持は痛いほど理解できた。

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2008年3月 5日 (水)

ちあきなおみ物語52

今日は、エイベックスと新しく出すユニットの打合せをしたよ。

詳しいことは、また知らせますね。

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『ちあきなおみ物語52』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

暫くぶりで「ちあきなおみ」が歌った声を聴いた。

       ♪   ♪   ♪

仮の録音だといっても「相変わらずいゝ声だ」と思った。

・・・でも。

正直、これって、正解なのだろうか?」とも、思った。

久しぶりに愛弟子の声で自分の曲を聴いたのだから、もっと感動してもいゝ筈なのに・・・。

       ♪   ♪   ♪

「4分の3のメジャーワルツが違ったのだろうか?」

「アレンジに違和感があるのかしら?」

       ♪   ♪   ♪

今になって考えてみると、ボク自身が「雨に濡れた慕情」や、「四つのお願い」の頃のように、燃え尽きる」ほど苦しんで、作品を書いてなかったのかも知れない。

       ♪   ♪   ♪

CDが届いてから、かなりの日数が経った頃、再びY社長から電話が架かって来た。

「申し訳ないけど“ちあき”本人が、詞を変えて欲しい言ってるので、もう少し待って貰えませんか?」という事だった。

~つヾく~

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2008年3月 4日 (火)

取材&『ちあきなおみ物語51』

今日は八代亜紀の「なみだ恋」の制作秘話について東京新聞の取材があった。

デビュー前のレッスンの話から始まって、「なみだ恋」がヒットするまでの話を色々とした。

最後に居間にかけてある、彼女がプレゼントしてくれた絵の前で撮影をしたり・・・。

4月に掲載されるらしいので、日にちが分かったら知らせます。よかったら読んでみて下さい。

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『ちあきなおみ物語51』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

Y社長から「ちあきなおみの曲を作って呉れ」という電話があった時、ボクは丁度、石原裕次郎用に「ふたりの雨」という曲を作曲している真っ最中だった。

       ♪   ♪   ♪

ポップス風なコード進行で、ムーディに歌って貰える曲に仕立てゝいた。

       ♪   ♪   ♪

演歌風な曲を書いたり、ポップ風な歌謡曲を書いたりで、どちらかを徹底的に追求できなくて中途半端になるのが、ボクの一番ダメな所なんです。

       ♪   ♪   ♪

裕次郎の曲が仕上がると、すぐ「ちあき」用の曲づくりを始めたものゝ、何年間も会ってない彼女の為のメロディーは、なかなか生まれて来なかった。

       ♪   ♪   ♪

苦しんだ末に結局、「その線は、まだ有りますよ」と言ったY社長の言葉を思い出して、四分の三拍子でメジャーワルツに仕上げた曲と、もう1曲メロディーを先行して、何とか2曲を仕上げてY社長に渡した。

       ♪   ♪   ♪

メロディー先行の曲に、詞を付けて貰う作詞家選びはY社長に一任してお願いした。

       ♪   ♪   ♪

完成した作品には「新宿しぐれ」、「盛り場化粧」とタイトルが付けられて、
「ちあき」が仮録音したものがボクの事務所に届けられて来た。

       ♪   ♪   ♪

「届けられて来た」と書くのは、仮録音の時、ボクは立ち合っていないという事なんですが…。

~つヾく~

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2008年3月 3日 (月)

『ちあきなおみ物語50』

takaさん、masajiさん、2月29日のブログ「パーティ」への、コメント有難うございました。

       ♪   ♪   ♪

ボク達、作曲家の仕事は、歌手の皆さんに対して「曲を提供する」裏方の仕事なので、
華やかなパーティに出席するって事は滅多にない事なんですよ。

       ♪   ♪   ♪

ましてや、あの日のパーティーは「金婚式の祝い」だから、50年に1度しかないんですからね(笑)

       ♪   ♪   ♪

日頃は5線紙に向って苦しんでるんですよ…。

「いつも華やかでいゝな~」なんて誤解しないでね。

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『ちあきなおみ物語50』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

Y社長の電話は「八代亜紀のヒット、おめでとうごいざいます。凄いですね。」
という挨拶の後、
「ところで先生、"ちあき"に曲を書いてやって下さい」
という、ボクが想像もしない内容だった。

       ♪   ♪   ♪

「う~ん…。」

ボクは直ぐにOKの返事が出来なかった。

何故かというと…。

       ♪   ♪   ♪

「Y社長との、あの事件」が起きる前から、この侭ボクが「ちあき」の曲を書き続けていたら、「今の路線では、その内必らず行き詰まるだろう!」と予想していたから。

…で、その時は、先ず4分の3拍子の「演歌っぽい」曲にして、序々に「演歌路線で行ってみよう」と思っていたんです。

       ♪   ♪   ♪

という事は、ボクが
「八代亜紀」を売り出すに当って、「悩みに悩んだ末に選んだ方向」と全く同じものだったのです。

       ♪   ♪   ♪

社長に、その訳を言って「尻込み」をすると…、

「いゝじゃないですか。その線はまだまだ有りますよ。是非お願いしますよ。」

       ♪   ♪   ♪

彼の、あまりにも熱心な説得に負けて、ボクは何年ぶりかで
「ちあき」の作品を書く事を引き受けてしまった。

~つヾく~

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