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2008年3月

2008年3月31日 (月)

黒木憲襲名&ちあきなおみ物語65

唐木淳君は、今日3月31日をもって「黒木憲ジュニア」と改名することになりました。

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写真①白山「心光寺」本堂にて。

午後1時から、文京区白山の「心光寺」で襲名式を行い、ボクと”唐木”、いや、黒木憲ジュニアは、お父さんの黒木憲(ちょっとばかり「ややこしい」けど・・・笑)の墓前で報告をして来ました。

(今晩か、明日あたりの「スポーツ誌」に載るかも知れませんね)

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墓前に報告。それを囲むテレビクルー。

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『ちあきなおみ物語65』 ~ボクの中の“ちあきなおみ~

そういえば、歌う時の「ちあき」は、かなり大きな口を開けて堂々と歌うのに、会話をする時は余り口を開けないで、「ボソッ」としゃべってたなぁ・・・。

                        ♪   ♪   ♪

彼女に会わなくなって5~6年しか経ってない筈なのに、ボクは、まるで遠い昔の事を思い出すような感覚だった。

                        ♪   ♪   ♪

滅多に鳴らない事務所の電話が鳴って、ボクの瞑想は途切れた。

「呼び出し音」がボクにはヤケに大きく聞こえたから・・・。

                        ♪   ♪   ♪

電話を取った女の子はボクの方に向かって、「人差指」で、何度も電話機の方を指差してみせた。

その素振りで、ボクには「”ちあき”からだな・・・」とすぐ判った。

                        ♪   ♪   ♪

社員と無駄話をしていた間に、当の「ちあき」が待てなくて、向こうから電話をして来たらしい。

                        ♪   ♪   ♪

「モシ、モーシ!」というと・・・。

「先生ですか?お久し振りです。ご無沙汰して済みません・・・。」

「いやー、こちらこそ。元気?」

「ハイ!お陰さまで・・・。先生からお電話頂いたと聞いたので・・・。」

                        ♪   ♪   ♪

電話機の向こうから聞こえて来る「ちあき」の声は、優しくて、すっかり大人っぽくなって、穏やかだった。

                        ♪   ♪   ♪

マンションの玄関から部屋にも入れてあげずに、帰って貰った「あの不幸な時間」が、一度に吹き飛んだような時間だった。

 

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2008年3月30日 (日)

坐りっぱなし

土曜日は、13時から18時迄、スタジオで録音

その侭19:50発の新幹線"のぞみ"号で広島へ…。

ホテルに着いたのが午前0時過ぎだから、合計9時間以上は椅子に坐(すわ)りっ放し。

       ♪   ♪   ♪

今日は11時から「歌の甲子園・広島地区予選」の審査員席に坐っていたのが約4時間。

そして、帰りの新幹線で約4時間。

2日間で、なんと17時間は椅子に坐っていたという計算になる。

       ♪   ♪   ♪

腰が痛いワケですよ(笑)

Sakura

【写真①】
録音に出かける前に、成城「さくら通り」を通ってみたら、桜も満開だったけど、人の群も満開。

Hbst

【写真②】
5時間坐りっ放しだったスタジオで。(ストリングスの録音中)
ボクはカメラマンだから写ってないよ。

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2008年3月27日 (木)

ちあきなおみ物語64

Linda_live_3   
昨日の「リンダ・コラソン」のライブは、お蔭さまで超満員の大成功!

作詞家の山上路夫さんをはじめ、音楽業界からも結構たくさんの人達が聴きに来て呉れました。

それより、ボクのブログの呼び掛けで、いろんな方に聴きに来て頂いたのは何よりも嬉しかった。

中でも、Y社長の息子さんである竜太君まで、ブログを見て駆け付けて呉れて、ボクと固い握手!(初対面だったけど・・・)

中野サンプラザでのお父さんとの握手を思い出したよ。

年代は違うけれど、新しい友情が芽ばえるといいな。

       ♪   ♪   ♪

お客さんはリンダの歌を聴いて満足されたようで、アンコールの声に促されたリンダはタイタニックのテーマ「MY HEART WILL GO ON」を絶唱して盛り上がりました。

       ♪   ♪   ♪

皆さん、ありがとうございました。

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『ちあきなおみ物語64』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

"ちあきなおみ"からの電話」と聞いたボクは、
「本人が架(か)けて来たの?」と電話を受けた社員に確かめた。

「はい、ちあきさんご本人でした。テレビで聴いてるとおりの声なので吃驚(びっくり)しました。」

「当たり前だろ?本人だったらテレビの声と同じ訳だ(笑)」・・・とボク。

       ♪   ♪   ♪

「”ちあきなおみ”さんて、凄く感じのいゝ方なんですね。感激しました。」
と、興奮気味に報告する社員に、ボクは、

「それで、何と言ってたの?肝心な事を報告しなさい」とボク・・・。

「スミマセン!お電話待ってるそうです。」

       ♪   ♪   ♪

そうか、「ちあきなおみ」が、そこ迄大人になったのか・・・。

とボクは感慨に耽(ふ)けった。

・・・あの、無口で、どちらかというと「ボソッと」しゃべる彼女がそこ迄、
「うちの社員」を感動させるような優しい女性になったのか?

「余程、いゝ結婚をしたのだろうな」と想像したものです。

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2008年3月26日 (水)

お休みのお知らせ

昨日はエイベックスの仕事で朝から深夜までカンヅメ

今日はリンダのライブで夜遅くまで横浜なのでブログはお休みします。

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2008年3月24日 (月)

パーティー&ちあきなおみ物語63

昨日は、ボクの弟子「入山アキ子」のパーティーが川越プリンスホテルであった。

「溺れ酒」発売1周年を記念して行なわれたんだけど、彼女の「歌謡ショー」をボクは初めて観た(・・・というか聴いた)
正直、あんなに立派なショーが出来るとは思ってなかったので、びっくりした。

それと、此処でも「世間は狭いなー」と思う事があった。

       ♪   ♪   ♪

この日のピアニストがボクの処に挨拶に来て呉れて、

「実は、私は吉田矢健治先生(この方も山口県出身の先輩作曲家)の弟子だったんですが、ちあきなおみさんが先生の所にデビューの挨拶に来た時に、丁度居合わせて、
吉田矢先生は、『そうか、淳ちゃんの所でデビューしたのか?良かった、良かった』と、
とても喜んでおられました。

・・・という話を披露して呉れたんです。

       ♪   ♪   ♪

ちあきが吉田矢先生に弟子入りしてたとは知らなかったので驚いたが、丁度ブログで彼女の事を書いてる所だから何か不思議な気がしましたね。

写真①日本髪で芸者さん姿もあったんだけど、シャッターチャンスを逸しちゃって、惜しい事をしました。

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写真②会場みんなが一斉に「溺れ酒」

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『ちあきなおみ物語63』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

丁度、この頃、「歌の流れ」が、何時の間にか”演歌一辺倒”になっていたので、
「ヘソ曲り」のボクとしては、絶対に「ポップス系のメロディー」を書きたかった。

だからこそ、ボクと一緒に歌って呉れる歌手の「第一候補」は、”ちあきなおみ”にしたかった。

       ♪   ♪   ♪

ボクは、今迄の「経緯(いきさつ)」を全て忘れて、「ちあき」の所に電話をしてみた。

       ♪   ♪   ♪

残念な事に留守だった。
「作曲家の鈴木淳が電話して来たと伝えて下さい」とだけ言って、電話を切った。

「やっぱり縁が無かったんだ」と思いましたよ。

       ♪   ♪   ♪

・・・ところが、翌日、事務所に出ると女子社員が、ボクの顔を見るなり、
「先生、”ちあきなおみ”さんから電話がありましたよ。
と言うではありませんか・・・。

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2008年3月21日 (金)

ちあきなおみ物語62

Linda_3   
今日は、この前から二度くらいブログに書いてた「リンダ・コラソン」の話をします。

       ♪   ♪   ♪

「リンダ」はフィリピンから日本に来て歌っていた全く無名の歌手でした。

       ♪   ♪   ♪

今から5~6年前に、ボクが主催している「全国歌の甲子園大会」で、全国から集まった強豪を破って、見事にグランプリを獲ったのです。

       ♪   ♪   ♪

ボクは「グランプリ」のご褒美にレッスンをして、
日本コロムビアから「SEA SIDE STORY」「朝がくる前に」ちあきなおみ・2枚目シングルのカバー)のカップリングでデビューさせました。

       ♪   ♪   ♪

その後、日本作曲家協会の作曲コンテスト・グランプリ曲「Forever」(作曲YORI)(B面はボクが作曲した「哀愁えとらんぜ」)を発売しましたが、只、ボク一人だけが応援しているだけで、TV出演ももまゝならず、宣伝も出来ずで、隠れたファンの人達に知られるだけの存在でした。

       ♪   ♪   ♪

ところが3枚目のシングル「猫のファド」(阿久悠作詞・浜圭介作曲)がカラオケ・ファンに支持されて、この曲は「カラオケ大会」の愛唱歌になってるのですが、オリジナル歌手のリンダだけはまだ、無名で隠れた侭の存在なのです。

       ♪   ♪   ♪

決して美人でもなく、背も高くなく、(いや低い、笑)・・・。

ところが、ステージに立つと,実に立派で大きく見えて、その歌唱には圧倒されてしまいます

       ♪   ♪   ♪

歌っている本人も・・・。惚れ込んでマネージャーをやっているKさん(女性)も、そして応援しているボク迄もが「生き方」の下手な人間ばかり

そんな3人で、「横浜のライブ」を企画したものゝ・・・。

実はまだ、空席があるんです。

       ♪   ♪   ♪

”ちあきなおみ”のライブではないけれど、リンダの歌を聴いてみようかな?」と気が向いた方が居られましたら、是非、ヨコハマ迄足を運んで下さいませんか?

ボクも行ってます。

「ブログ読んでるよー」と声かけて頂いたら嬉しいな!

♪♪ ライブ情報 ♪♪

3/26(水) 19時開場。20時開演。21:30頃終了。

会場は、横浜駅西口徒歩5分 相鉄ムービル3F
ライブ&バーレストラン「サムズアップ」
045-314-8705 横浜市西区南幸2-1-22
ビックカメラ並びです。横浜駅「みなみ連絡通路・西口出口)が便利です。
¥4000(ドリンク、フードは別途注文となります)

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『ちあきなおみ物語62』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

ボクが経営していた「六本木のピアノ・バー巴塔羅(パトウラ)」は、連夜賑やかに繁盛していたし、名のある作曲家や歌手、そしてミュージシャンがやって来て、演奏したり歌ったりして呉れていたので、ボクには、自分が「音楽の世界から離れて暮らしている」という自覚がまるで無かった。

       ♪   ♪   ♪

ところが・・・。

星野哲郎先生との仕事をキッカケにして、
自分が居なくちゃいけない場所は、”ピアノバー”じゃなくて、”レコーディング・スタジオ”なんだ!」とようやく気付いたボクは、突然「店を閉めよう」と決心するんです。

       ♪   ♪   ♪

『会費・薔薇の花1本』という「お別れの会」を2晩続けて、この愛されたピアノ・バーは閉店した。

       ♪   ♪   ♪

こうして、再び音楽に目覚めたボクは、「本当に自分が書きたい音楽を書いて、ミニコンサートをやりたい!」という思いが沸々と湧き上って来た。

「絶対やろう!」

その時、まず思い浮かんだ顔が、実は「ちあきなおみ」だったのです。

つづく・・・。

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2008年3月20日 (木)

雨の中の「木蓮」

雨の中の「木蓮」
この所の暖かさに、庭の「木蓮」の白い花が急に開いたと思ったら、今日は急に気温が下がって冬に逆戻り。

       ♪   ♪   ♪

ボクは寒いのが嫌いなんですよ。

…だから、折角の休日なのに、一日中、何処にも出掛けず、「冷たい雨に震える木蓮の花」を携帯で撮影したりしていたボクでありました。

       ♪   ♪   ♪

…でも時には、こんな風に“のんびりの休日”もいいもんですね(笑)

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2008年3月19日 (水)

サッちゃんの新ディレクター&『ちあきなおみ物語61』

今日はキングレコードのMディレクターが、椎名佐千子(サッちゃん)の担当から外れる事になって、新任のKディレクターと一緒に事務所に挨拶に来て呉れた。

       ♪   ♪   ♪

7月には新譜を出したいという事で、3人でいろいろ意見交換をして、無事「引継ぎ」が終った。

       ♪   ♪   ♪

Kディレクターとは原田悠里さんのアルバムの録音で一緒に仕事したらしいんだけど、ボクは彼女の曲を書いた事さえ忘れていて、失礼をしちゃった。

       ♪   ♪   ♪

K氏とは新しい気持で、仕事を始めたいし、M氏とはこれからも音楽仲間(彼は若いけど)でいたいものです。

       ♪   ♪   ♪

話は変わりますが…。

3月26日、20:00から行う「リンダ・コラソンのライブ」、ボクや作詞家の山上路夫さんも行ってます。

一緒に聴きに行く人居ませんか?

詳しくは事務所までお問合せくださいね。

メールNo_4

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『ちあきなおみ物語61』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

ボクが「作曲家」をやめたくなったのは、これが最初ではなかったけれど、この時の症状はかなり深刻だったようで、実際に何年間か、作曲家は「開店休業」の状態になった。

その結果、「八代亜紀」としては、いろんな作家と「いろんな作風の曲」に出会う事が出来たし、その間に『舟歌』も生まれて、歌手としての地位も不動にした訳だから、ボクの「休業」もレコード界にとっては貢献したのじゃないのかしらね(笑)。

       ♪   ♪   ♪

この、「開店休業」の間にボクは六本木でピアノ・バーを開店したんです。
そして悪いことに、この店が大当たり!
毎晩、お店で酒浸り(びたり)。

お陰で体調を崩して入院。最悪の時代でしたね。
そして遂に、「ハワイ移住」まで、本気で考えた。

借金をして、ハワイ島に土地まで買っちゃって…。(大損して手放しちゃったけど)

       ♪   ♪   ♪

こんな「大揺れの時代」と、「ちあきの休業」の時代を比べたら悪いね。

(彼女のプライベートとしてはむしろ「幸せな時期」だったかもしれないから…)

       ♪   ♪   ♪

そうやって「作曲家・開店休業」を続けてた或る日…。

       ♪   ♪   ♪

郷土の大先輩でもある作詞家の「星野哲郎先生」が、「淳ちゃん、山本譲二のアルバムを出すので、手伝ってよ。」と言って詩を2篇持って店に来られたんです。

       ♪   ♪   ♪

ボクは「開店休業」してる事も忘れて、飢えていた狼の様に(例えが変かな?)曲を付けた。
       ♪   ♪   ♪

そして、レコーディングでスタジオに入ったボクは…。
「今まで何をしていたんだろう?ボクが本当に居る場所は此処なんだ!
と気づくのです。

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2008年3月18日 (火)

ちあきなおみ物語60

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『ちあきなおみ物語60』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

そんな話がボクの耳にまで聞こえて来るようになったある日のこと、或る著名なギターリストから電話が架かって来た。
「昨日、八代亜紀のレコーディングでテイチクのスタジオに行ったら、淳さんの作品じゃなかったので、びっくりしたよ。何かあったの?」

「えっ?」

・・・ボクは一瞬絶句した。

「遂に来たか!それにしても、こんな形でいきなり外されるなんて・・・
ボクにとっては、まさに「寝耳に水」だった。

~「ちあき」の話に戻る前に、もう少しだけこの侭廻り道をしますね。~

       ♪   ♪   ♪

ボクには知らされない侭の八代亜紀のレコーディングは、他の作家で、何曲か既に集められていたみたいだった。

その都度いろんなミュージシャンから心配の電話が入った。

       ♪   ♪   ♪

親切な電話は有難かったが、その度にボクは不機嫌になった。

       ♪   ♪   ♪

そして遂に、爆発する日がやって来たのです。

       ♪   ♪   ♪

「八代の今度の曲は、”コンペ方式”で、何人かの作家にお願いしようと思ってますので、先生も是非よろしくお願いします」

信頼していたはずの制作陣から、こんな電話がかゝるとは!

       ♪   ♪   ♪

「こゝ迄八代を育てて来たボクが、何で他の作家とコンペをして”八代の曲”を書かされなきゃなんないの?冗談じゃない。ボクは降りる!

スタッフとの喧嘩で、「ちあき」との縁を切ってしまったボクは、それ以後、「スタッフと喧嘩するもんじゃない」と心に決めていた筈なのに・・・
また切れてしまった(苦笑)。

       ♪   ♪   ♪

ボクは「ちあき」や「八代」だけでなく、自分で育てた歌手を、独占的に、そして永久に作品を書き続けようと思った事は一度もないのですが・・・。

       ♪   ♪   ♪

今迄一緒に作品づくりをしていたスタッフが、
ボクを外して無断でレコーディングをしている事に、ひどく傷付いていた所に「コンペ」(いろんな作家に作曲させて、その中からレコ-ド会社が発売曲を選ぶ事)の話が来たので、切れてしまったのです。

       ♪   ♪   ♪

そして、遂に「作曲家なんて、やめてしまおう!」・・・とまで、思い詰めてしまったのです。

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2008年3月17日 (月)

飲み友達&ちあきなおみ物語59

今日は、エイベックス社の放送担当のN君が「六本木に来たので、立ち寄りました」と訪ねて来て呉れた。

彼とボクの年令差はかなりあるんだけど、「ウマが合う」というのか、時々、一緒に飲みに行くんです。

若いスタッフの突然の訪問は嬉しかったよ。

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『ちあきなおみ物語59』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

偶然テレビで観た「ちあき」の『夜へ急ぐ人』は、ボクの知っている彼女の歌い方とはまるで違っていた。

その時の印象を正直にいうと、「怖~い!」と思った。
”気味が悪い”と言うのか、鬼気迫るものがあると言うのか?

       ♪   ♪   ♪

後で判ったんだけど、この頃、彼女はいろんなミュージシャンや作家と出逢って、
彼女の好きな音楽のジャンルも広がって行った時期だったのでしょうね。
(シャンソンや、ファドなども好んで歌ってるという話も聞いた事があるし・・・。)

       ♪   ♪   ♪

「あゝ、これではもう”四つのお願い”や”雨に濡れた慕情”は歌わないだろうな」
と思ったものです。

「ちあきなおみ」は、所属していたプロダクションから独立、結婚。そしてコロムビアとの契約解除。かと思うとそのうち、今度は芸能活動を休業・・・と、歌手として「めまぐるしい変化」があった丁度その頃、
ボクはボクで作曲家としての身の上が「大波に翻弄(ほんろう)される小舟」のように揺れていたのです。

       ♪   ♪   ♪

・・・というのは、「ちあき」のデビュー後「四つのお願い」がヒットした途端に、ボクは彼女の曲を立て続けに何曲も依頼され、出来上がった作品達はシングル、アルバムを問わず次々に発売された。

       ♪   ♪   ♪

そして、今度は全く同じ状況で「八代亜紀」のレコードは、何曲もボクの作品が続いてしまう、という状況になってしまった。

さすがに「これではまずい!。思い切って曲調を変えなければ・・・」と気付いたボクは、演歌とは無縁のコード進行を使った『ともしび』という曲を発表した。

       ♪   ♪   ♪

幸いにこの曲は「日本歌謡大賞・放送音楽賞」その他、幾つかの素晴らしい賞を獲得したものゝ、評論家や、芸能記者の一部から、
「八代亜紀は、まだ鈴木淳の曲ばかり歌ってるの?そろそろ作家を変えないと、マンネリになるよ」という声が上がり始めた。

 

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2008年3月14日 (金)

プールウォーキング&ちあきなおみ物語58

事務所を抜け出して、30分程プールウォーキングに行って来た。

♪   ♪   ♪

プールから上がった所で、丁度、エクササイズを終えたばかりの谷隼人さんと、又々バッタリ・・・。

シャワーで濡れた身体を乾かしながら、懐かしい昔話になった。

♪   ♪   ♪

「19才で東映のニューフェイスになったばかりの頃、発声練習をやった方がいゝ、と先生の所に連れて行かれました。」

そうか、・・・。そう言えば彼もボクの所に来てたんだ。奥さんが来てたのはよく憶えているけど(笑)

♪   ♪   ♪

まだ、ヒットも出ない駆け出しの作曲家だったけれど、映画関係の人が結構レッスンに来て呉れていた。

安藤昇さん主演の映画音楽を担当したお蔭なんでしょうね。

♪   ♪   ♪

「家でよく女房と先生の話をするんですよ」
「縁とは不思議なもんですね。」という結論でした。

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『ちあきなおみ物語58』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

郷さんと結婚した後の「ちあきの消息」はボクの所には全く入らなかった。

だから、彼女のお母さんが亡くなった事さえもボクは何も知らなかった。

       ♪   ♪   ♪

ある時、赤坂の町で社長と偶然出会った事がある。

「ちあき」が所属してた頃と違って、何となく淋しげな様子なので、ボクは彼女の話題には触れなかった。

       ♪   ♪   ♪

話をしてる内に「すぐ、そこで焼肉店を出したんですよ」と言うので、後日、お店に行ってみた。

       ♪   ♪   ♪

焼肉は美味しかったけど、覇気の無くなった社長の顔を見るのは何だか辛かった。

デビュー前の「芸名」を決める時のあの迫力。

そして、ボクと喧嘩した時の勢いはまるで消えていた。

当然、「ちあき」の話はどちらからも触れなかった。

       ♪   ♪   ♪

その頃だろうか?或る日、偶然つけたテレビで「ちあき」の歌を聴いた。
…そして、びっくりした。

後で判ったのだが「夜へ急ぐ人」という曲だった。

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2008年3月13日 (木)

リンダのライブ&ちあきなおみ物語57

今日は久しぶりに、キングレコードのMディレクターが事務所を訪ねて呉れた。

♪   ♪   ♪

いろんな話をした後、「リンダ・コラソンが横浜でライブをやるよ。他社からも聴きに来るけど、良ければ行かない?」と誘ったら、「行きたい」と言って呉れたので、一緒に行く事にした。

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『ちあきなおみ物語57』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

こうして「新宿しぐれ」、「盛り場化粧」という作品への思いがボクの中で薄れ始めた頃、

ちあきなおみがY社長のプロダクションを離れて独立した。」という話を風の噂で聞いた。

♪   ♪   ♪

ボクの方は”八代亜紀”の「なみだ恋」のヒットをきっかけに、本来あまり「得意ではなかった演歌」の作品依頼が多くなり、「おんなの夢」「しのび恋」(ともに八代亜紀・唄)「あなたが欲しい」(ぴんから兄弟・唄)など、演歌色の強い作品を続けて発表していた。

♪   ♪   ♪

皮肉なことに、・・・というか偶然にも、この頃の「ちあき」「酒場川」、「矢切の渡し」など、演歌の作品を数多く歌っていたんですね。

♪   ♪   ♪

そして、暫くすると「ちあきなおみ」は俳優の郷鍈治さんと結婚して、コロムビアとの専属契約を解除したというニュースがボクの耳にも入ってきた。

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2008年3月12日 (水)

夢話&『ちあきなおみ物語56』

今日は約1週間ぶりに、グアム旅行から帰って来た「クンちゃん先生」(作曲家・鈴木邦彦氏)に会って長話をした。

       ♪   ♪   ♪

これからの曲作りや、夢の話をして、あっという間に3時間が過ぎちゃった。

プールに行くつもりが、行けなくなったけど、楽しいおしゃべりの時間は、きっと身体にもいゝんだろうね。

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『ちあきなおみ物語56』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

一昨日。Y社長のご子息「竜太さん」からボクに電話が入ってたので、今日はこちらから電話をしてみた。

       ♪   ♪   ♪

「おやじが、亡くなる少し前に、先生のお陰で、ちあきなおみがデビュー出来たんだ。”先生に会いたい”と言ってました。」という話を聞いて、涙が出て来た。

       ♪   ♪   ♪

「おやじの事、許してやって下さい」と言われてボクの方が恥ずかしくなった。

「ボクの方こそ、短気で悪い事しました」と詫びました。

       ♪   ♪   ♪

「近いうちに会いましょう」と約束をして電話を切った。

「ちあき」がデビューした時は、まだ幼くて何も判らなかったという彼に、いろんな話をするのが楽しみになりました。

       ♪   ♪   ♪

まだ、「ちあきなおみ物語」が、完全に終った訳ではありません。

続きを、読んで頂けると嬉しいです。

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2008年3月11日 (火)

受賞記念パーティー

今夜は「五木ひろし」さんの、紫綬褒章受賞記念パーティーがあったので出席した。

       ♪   ♪   ♪

あと何日かで還暦を迎え、しかも、今年は結婚20周年に当たるそうで、おめでたいパーティーだった。

       ♪   ♪   ♪

…ということで、今日のブログの【ちあきなおみ物語】は、お休みにさせて下さい。

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2008年3月10日 (月)

『ちあきなおみ物語55』

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『ちあきなおみ物語55』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

久々に「ちあきなおみ」の為に曲を書いたあの頃を、今、ふり帰ってみると…

「詞だけ替えて欲しい」と彼女が言ったという話は、もしかしたら、社長がボクをそして「ちあき」を傷つけないように『詞』を換えて…と言ったのではないかとも思えるんです。

       ♪   ♪   ♪

まぁ、でも今となっては、そんな事を詮索しても仕方ない話ですね。

       ♪   ♪   ♪

…で、毎日こうして、「ブログ」を書いているうちに、自分の「作品ライブラリー」の中から、彼女の為に書いた何作かを聴きたくなった。

       ♪   ♪   ♪

そして、聴いている内に、「特訓をした日々」を思い出して感傷的になっちゃいましたよ。(笑)

最近、彼女の「アルバム」が続々と発売されているけれど、その中のどれにも収録されてない曲を選んで聴いてみた。

勿論、未発売になってしまった「新宿しぐれ」と「盛り場化粧」も聴きましたよ。

       ♪   ♪   ♪

この2曲は自分の作品として特別「いゝ曲」と言えるものではないけれど、彼女の歌はやっぱり素晴らしい

それに、「詞を替えて欲しい」と言ったのにしては、情感がこもっているのに改めて驚いた。

どんな曲を歌う時でも、全力投球しているのか?
それとも、彼女の声が「どう歌っても」聴く人の心に響いて聞こえるのでしょうかね?

~つヾく~

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2008年3月 7日 (金)

「ちあきなおみ物語54」

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『ちあきなおみ物語54』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

Y社長は折角出来上った作品を、この侭「ボツ」にしたくはなかったのだろう。

「他の方に別の詞をハメ込んで貰いましょう。」と一生懸命、ボクを説得した。

       ♪   ♪   ♪

本当は、その「勧め」にボクは乗りたかった。

…でも、何処かで、もう一人のボクが引き留めるんです。

「もし反対の立場だったらどう思う?」

「この作詞家とは今後一生、仕事が出来ないよ」

       ♪   ♪   ♪

結局、「やっぱり作詞家に悪いから、残念だけど止めようよ。又、別の曲に挑戦するから」と言って、その曲は「陽の目を見ない作品」になってしまった。

       ♪   ♪   ♪

この時の作品「新宿しぐれ」と「盛り場化粧」は、今でもボクだけの宝物として、自宅のCD棚に収まってるんですよ。

そんな訳で何年ぶりかにボクが作曲した「ちあきなおみ」用の作品は、儚なく消えてしまった。

       ♪   ♪   ♪

こうして、「Y社長」の代理でボクの部屋を訪ねたものゝ、冷たくボクに「追い返された」あの日を最後に、「ちあき」とボクは今日まで1度も会えず仕舞いになってしまった。

~つヾく~

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2008年3月 6日 (木)

ちあきなおみ物語53

久しぶりで事務所の近くのスポーツクラブに行って、「プールウォーキング」をやって来た。

       ♪   ♪   ♪

50分ぶっ続けで歩いたら、さすがに、フラフラ。

水の抵抗の中を「エッチラ、オッチラ」やるのは、結構、消耗するものなんですね。

       ♪   ♪   ♪

プールから上って、更衣室で裸の体を拭いてたら、誰かがこっちを向いてるような気がする。

顔を上げたら目が合った。

俳優の「谷隼人(たにはやと)」さんだった。

「オハヨッス!」(…と元気いっぱい)

「暫く」(ボクのほうは声もかすれ気味)

       ♪   ♪   ♪

あちらは筋骨隆々の鍛え上げた身体。こちらはグロッキー状態の痩せたカラダ…。

ボクがまだヒット作品も出ない侭、「松竹」系の独立プロで映画音楽をやってた時、新人俳優として採用された背が高くて美男子の俳優さん。

       ♪   ♪   ♪

やっぱりボクが音楽を担当してた映画に出演していた「松岡きっこ」さんと恋愛結婚。

去年、何十年ぶりで偶然に再会。

同じクラブの会員だと判ったんだけど、縁って不思議なもんですね。

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『ちあきなおみ物語53』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

「ちあき」が詞を変えて欲しいと言った作品の詞は、2作品とも素晴らしかったけど、歌う本人が「書き替えて欲しい」というのが解らない訳ではなかった。

       ♪   ♪   ♪

なにしろ出だしが、「新宿涙の捨てどころ・・・」なのだ。
これは、八代亜紀の「なみだ恋」とドラマの場所の設定が同じ
だけでなく、曲調まで4分の3のメジャーワルツでは、本人が厭がるのも無理もない話。

       ♪   ♪   ♪

八代の「なみだ恋」の出だしは”夜の新宿裏通り♪”。
これでは後から歌う「ちあき」の「プライドが傷つけられるのも
判るなー」と思ったものです。

       ♪   ♪   ♪

「場所の名前さえ替えて貰えばいいかな?」と思ったボクは
「Yさん、じゃあ作詞の先生に交渉して呉れる?」と頼んだ。

1週間ぐらい経って、Y社長から連絡が入った。

「先生、困りました!作詞家の先生が大変ご立腹で、”詞は取り下げて返して欲しい。だから鈴木さんにも絶対に降りて貰って呉れ”と言われちゃいました。」

今度は作詞家のプライドが傷付けられたんですね。

       ♪   ♪   ♪

詞と曲の違いこそあれ、ボクも同じ作家なので、その人の気持は痛いほど理解できた。

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2008年3月 5日 (水)

ちあきなおみ物語52

今日は、エイベックスと新しく出すユニットの打合せをしたよ。

詳しいことは、また知らせますね。

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『ちあきなおみ物語52』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

暫くぶりで「ちあきなおみ」が歌った声を聴いた。

       ♪   ♪   ♪

仮の録音だといっても「相変わらずいゝ声だ」と思った。

・・・でも。

正直、これって、正解なのだろうか?」とも、思った。

久しぶりに愛弟子の声で自分の曲を聴いたのだから、もっと感動してもいゝ筈なのに・・・。

       ♪   ♪   ♪

「4分の3のメジャーワルツが違ったのだろうか?」

「アレンジに違和感があるのかしら?」

       ♪   ♪   ♪

今になって考えてみると、ボク自身が「雨に濡れた慕情」や、「四つのお願い」の頃のように、燃え尽きる」ほど苦しんで、作品を書いてなかったのかも知れない。

       ♪   ♪   ♪

CDが届いてから、かなりの日数が経った頃、再びY社長から電話が架かって来た。

「申し訳ないけど“ちあき”本人が、詞を変えて欲しい言ってるので、もう少し待って貰えませんか?」という事だった。

~つヾく~

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2008年3月 4日 (火)

取材&『ちあきなおみ物語51』

今日は八代亜紀の「なみだ恋」の制作秘話について東京新聞の取材があった。

デビュー前のレッスンの話から始まって、「なみだ恋」がヒットするまでの話を色々とした。

最後に居間にかけてある、彼女がプレゼントしてくれた絵の前で撮影をしたり・・・。

4月に掲載されるらしいので、日にちが分かったら知らせます。よかったら読んでみて下さい。

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『ちあきなおみ物語51』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

Y社長から「ちあきなおみの曲を作って呉れ」という電話があった時、ボクは丁度、石原裕次郎用に「ふたりの雨」という曲を作曲している真っ最中だった。

       ♪   ♪   ♪

ポップス風なコード進行で、ムーディに歌って貰える曲に仕立てゝいた。

       ♪   ♪   ♪

演歌風な曲を書いたり、ポップ風な歌謡曲を書いたりで、どちらかを徹底的に追求できなくて中途半端になるのが、ボクの一番ダメな所なんです。

       ♪   ♪   ♪

裕次郎の曲が仕上がると、すぐ「ちあき」用の曲づくりを始めたものゝ、何年間も会ってない彼女の為のメロディーは、なかなか生まれて来なかった。

       ♪   ♪   ♪

苦しんだ末に結局、「その線は、まだ有りますよ」と言ったY社長の言葉を思い出して、四分の三拍子でメジャーワルツに仕上げた曲と、もう1曲メロディーを先行して、何とか2曲を仕上げてY社長に渡した。

       ♪   ♪   ♪

メロディー先行の曲に、詞を付けて貰う作詞家選びはY社長に一任してお願いした。

       ♪   ♪   ♪

完成した作品には「新宿しぐれ」、「盛り場化粧」とタイトルが付けられて、
「ちあき」が仮録音したものがボクの事務所に届けられて来た。

       ♪   ♪   ♪

「届けられて来た」と書くのは、仮録音の時、ボクは立ち合っていないという事なんですが…。

~つヾく~

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2008年3月 3日 (月)

『ちあきなおみ物語50』

takaさん、masajiさん、2月29日のブログ「パーティ」への、コメント有難うございました。

       ♪   ♪   ♪

ボク達、作曲家の仕事は、歌手の皆さんに対して「曲を提供する」裏方の仕事なので、
華やかなパーティに出席するって事は滅多にない事なんですよ。

       ♪   ♪   ♪

ましてや、あの日のパーティーは「金婚式の祝い」だから、50年に1度しかないんですからね(笑)

       ♪   ♪   ♪

日頃は5線紙に向って苦しんでるんですよ…。

「いつも華やかでいゝな~」なんて誤解しないでね。

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『ちあきなおみ物語50』 ~ボクの中の“ちあきなおみ”~

Y社長の電話は「八代亜紀のヒット、おめでとうごいざいます。凄いですね。」
という挨拶の後、
「ところで先生、"ちあき"に曲を書いてやって下さい」
という、ボクが想像もしない内容だった。

       ♪   ♪   ♪

「う~ん…。」

ボクは直ぐにOKの返事が出来なかった。

何故かというと…。

       ♪   ♪   ♪

「Y社長との、あの事件」が起きる前から、この侭ボクが「ちあき」の曲を書き続けていたら、「今の路線では、その内必らず行き詰まるだろう!」と予想していたから。

…で、その時は、先ず4分の3拍子の「演歌っぽい」曲にして、序々に「演歌路線で行ってみよう」と思っていたんです。

       ♪   ♪   ♪

という事は、ボクが
「八代亜紀」を売り出すに当って、「悩みに悩んだ末に選んだ方向」と全く同じものだったのです。

       ♪   ♪   ♪

社長に、その訳を言って「尻込み」をすると…、

「いゝじゃないですか。その線はまだまだ有りますよ。是非お願いしますよ。」

       ♪   ♪   ♪

彼の、あまりにも熱心な説得に負けて、ボクは何年ぶりかで
「ちあき」の作品を書く事を引き受けてしまった。

~つヾく~

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