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2007年10月

2007年10月31日 (水)

『ちあきなおみ物語33』

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『ちあきなおみ物語33』

そして、ボクは切羽詰まった状態で、“黒木憲”のアルバム『ふるさとの川をあつめて』の12曲を、「半病人」のような状態なんとか書き上げた。

* * *

ところがまだ「ちあき」の12曲が残ってる…。

ボクは休む間もなく、次から次に送られて来る、何人もの作詞家の作品に曲をつけましたよ。

♪ ♪ ♪

そして、兄に言われた「おまえの曲は難しい」、という言葉を思い出しながら、あの、白鳥さんが渡して呉れた「便箋のメモ」に挑戦したのです。

「易(やさ)しく!易しく!」…と言い聞かせながらメロディーを作った。

“詞の字数”は意味が変わらないように注意しながら、メロディー本位に勝手に替えて、後で白鳥さんに了承して貰った。

遂に出来た!と思った瞬間に、ボクはベッドに倒れこんでしまった。

それから何日間か高熱が続いて、遂に事務所のマネージャーに泊まり込みで氷枕の氷を取り替えて貰った。
* * *

そんな無理をした結果、この曲のオーケストラを録音する肝腎な日に、ボクは起き上がる事さえ出来ず、スタジオから電話を貰って… 
「テンポをもっとゆっくりして下さい」
「そうそう、それ位です」なんて言う始末でした。

♪ ♪ ♪

こんな無理な録音をした曲が、この時の12曲の中から「シングルカット」されて、アルバムのメインタイトルになったのだから面白いものだね(笑)

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この年の四月に発売されたシングル「四つのお願い」に続いて、七月にはアルバム『四つのお願い〜あなたに呼びかける ちあきなおみ』が発売された。

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2007年10月30日 (火)

『ちあきなおみ物語32』

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『ちあきなおみ物語32』

前にも言ったけど、ボクは「ちあき」の曲ばかりに拘ってはいられなかった。

           *   *   *

いしだあゆみ小川知子由美かおるなどのシングル用作品を依頼されていたし、東芝レコードからは、「黒木憲のアルバム」用に12曲のオリジナルを依頼されていたんです。

           *   *   *

そのうち、"筆の速い丹古晴己さん"から『黒木用』といっては次々と詞が届き始めたものだから、ボクは「お尻に火が付いた気分」になっていた。

これはもう、「ひとつ、ひとつ片付けて行くしかない」と割切って作り始めた。

           *   *   *

ところが…、今度はコロムビアから、急に「ちあきなおみ全曲オリジナルアルバム」を出すことになった。"超特急で仕上げて欲しいと"という話が飛び込んで来たんです。

           *   *   *

「黒木(東芝)」と「ちあき(コロムビア)」のオリジナルアルバムが殆んど同時に発売される。(…という事は殆んど同時に24曲を作曲しなければならないワケ)

しかも、二人とも「ボクのデビューさせた歌手」という事で、「全曲、お前が作れ」という話。

これは確かに「誰にも任せられない」仕事でした。

           *   *   *

そして、この「ちあきなおみ」オリジナルアルバムの"企画・構成"が白鳥さんだったんですよ。

〜つづく〜

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黒木憲のオリジナルアルバム「ふるさとの川をあつめて」のジャケット写真。

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2007年10月29日 (月)

『バス旅行会』2

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28日はボクが主宰している「歌謡アーティスト連盟」の有志による『バス旅行会』だった。

行き先は山梨県の『石和(いさわ)温泉』

週間天気予報では雨の予想だったのが、前日の台風一過で、朝から快晴。

中央高速で山梨県に近づくに連れて、車窓から富士山が見えて来て。

バスが右にターンすると左側に…。そして右に曲ると正面や左の方に冠雪した姿がみえるんですよ。

その度に、「きゃーっ!きれい!」。「わー凄い!」と、みんなの歓声。

           *   *   *

『観光バス』は途中で「昇仙峡」に寄り道、ロープウェイで山頂に登ると、真正面に「特大の富士山」
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目的地「石和温泉」のホテル八田に到着する迄「お腹(おなか)一杯」の富士山だったよ。

到着後はそれぞれに「ワイン風呂」「露天風呂」で疲れを癒した後『歌の研修会』

           *   *   *

ところが隣の広間は、なんと「太鼓入り日本民謡」の宴会。

こちらも負けずに50人で『溺れ酒』「終着ノサップ」の大合唱!

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楽しいひとときだったよ。

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2007年10月28日 (日)

バス旅行

歌謡アーティスト連盟「バス旅行」で山梨県のホテル八田さんに来ています。

【ワイン風呂】
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山や川、等の大自然が眺められる展望ワイン風呂

【露天風呂】
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癒しの湯、庭園露天風呂

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『ちあきなおみ物語31 』

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『ちあきなおみ物語31』

3月に臨時発売した『モア・モア・ラヴ』は企業の方から持ちかけられたアパレルメーカー・サンヨーのキャンペーンソング、そしてB面の「愛の荒野」TBSドラマ「愛の荒野」の主題歌で、“飛び入り”のようなもの…。

           *   *   *

「今度、出す曲は本当の意味で“勝負曲”になる」と思っていた時の、白鳥さんが呉れた「メモ」。

           *   *   *

開いてみると便箋に走り書きで、
「例えば私が恋をする時はね…」という出だし。

その後が、まるで“数え唄”みたいに…
「ひとつやさしく愛して欲しいわ!」…と続いてる。

ボクは「こんな詞にメロディーが付けられるワケないじゃない!」と思ったね。

           *   *   *

そんなボクの顔を見て、白鳥さんは、ニタニタ笑ってるじゃないですか…。

「まあ、一応やってみますが…。」と無責任に言っておいたんですがね。

〜つづく〜

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2007年10月27日 (土)

『ちあきなおみ物語30』

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『ちあきなおみ物語30』

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「ちあき」のレコードが好調で、コロムビアも力を入れ始め、臨時発売で企業のタイアップ・ソングとして「モア・モア・ラヴ」を3月に発売した。

デビューして一年も経たない内に、なんと3枚ものシングルを発売したことになる。

〜 つづく 〜

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2007年10月26日 (金)

「オーディション」の結果 & 『ちあきなおみ物語29』

忙しくて、書きそびれてたけど、実は22日(月)にオーディション最終審査を、原宿にある「エイベックス・アーティスト・アカデミー」のスタジオで行った。

送られて来た何百通の書類と、それぞれの歌唱の音資料を何度も聴いて厳正に審査をした結果、最終的に3人を残し、この日の面接となった訳です。

           *   *   *

さすがに、最後まで審査に残った3人。それぞれが、いろんな個性と優れた長所があったよ。

結果、その中から2人を選んで残す事にしたんだけど、しばらくはデビューに向けて「エイベックス・アーティスト・アカデミー」でいろんな勉強をして貰い、特訓をする訳です。

           *   *   *

最終的に採用出来なかった人には心が痛んだよ。

…でも、まぁ今回の募集の条件が特殊なものだったし、今後の事もあるので、気を落さず勉強をするように伝えました。

           *   *   *

募集に関して、ご協力頂いた方々にはお礼を申し上げます。

正式に、デビューが決定した時には、このブログで知らせますからね。

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『ちあきなおみ物語29』

ヒット祈願を兼ねた「山口キャンペーン」の時、当時、天満宮の「権宮司(ごんぐうじ)」※註をやっていたボクの兄が、ふと洩らした言葉を、東京に帰ってから突然思い出した。

「お前の曲は難し過ぎるから地方では売れにくいと思うよ。もっと簡単な、歌い易い曲を書いたら?」…という話だった。

           ♪   ♪   ♪

だから、「ちあきなおみ」の次の曲の構想を練ろうとすると、どうしても兄の言葉を思い出してしまうんだよね。

ちょうど、そうやって悩んでる時に、フジテレビの白鳥さんが「淳さん、こんな詞に曲を付けてみたら?」と言って「メモ」を渡して呉れた。

※註「権宮司(ごんぐうじ)」:神社の宮司の次の役職で、会社でいうと「副社長」に当たる。

〜 つづく 〜

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2007年10月25日 (木)

レッスン&打合せ

今日はレッスンとレコード会社との打合せがあって、やっぱり忙しい一日だったヨ。

合間にマッサージをしてもらったりして何とかこなしました。

それで終わりかと言うとそうではなく、またこれから打合せを兼ねた食事なんです…。

カンの良い方はもうお気づきかもしれませんが(笑)、『ちあきなおみ物語』はお休みさせてください。

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2007年10月24日 (水)

『ちあきなおみ物語28』

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『ちあきなおみ物語28』

「祭のど真ん中」を歩いた「ちあき」は、境内に溢れた人の波や、町中の雑踏までを、まるで自分の味方に付けたように、どんどん元気になり、そして一晩で人間が大きくなったような気がしたね。

           ♪   ♪   ♪

翌日は、東京から持って来た「雨に濡れた慕情」と、「朝がくる前に」のレコード即売会。

地方都市の防府では、この2曲を知ってる人はボクの友人か、親戚ぐらいじゃなかったのかなぁ(笑)

…それでも、サインを手伝ったボクが悲鳴を上げる程忙しかったんだから、結構、飛ぶように売れた筈だよ。
※この時の写真は10月5日の ブログに載せちゃいましたね。

           ♪   ♪   ♪

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今日の写真は、山口市内のクラブで、デュエットをしてるボクと、「ちあきなおみ」1111
ボクのピアノ伴奏で「朝がくる前に」を歌う「ちあき」
〜 明日につづく 〜

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2007年10月23日 (火)

『ちあきなおみ物語27』

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『ちあきなおみ物語27』〜3人目のゲン担ぎ〜

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人込みの中で写真を撮られている彼女。とボク。 ミニ・スカートもすっかり板に付いてますね。

いきなり怒鳴られてしまった「ちあきなおみ」だけど、『天神さま』にお参りして、「立派な歌手になれますように」…と頭を下げたら、きっと心も晴れたのだろう。

           ♪   ♪   ♪

東京で会っている時よりずっと明るくて、屈託のない様子の彼女だった。

もしかしたら、「何万人もの人出」を目のあたりにして、近い将来、『“ちあきなおみ”の歌を聴いている超満員の聴衆』の姿を無意識に連想したのだろうか?

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祭礼に使う「御輿車」の大車輪の傍で…。傍らの白い服に鉢巻き姿の人は、何千人もの裸坊(はだかぼう)を統率する役員さんです。※参拝者の流れを一時ストップしての撮影でした。

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2007年10月22日 (月)

『ちあきなおみ物語26』

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『ちあきなおみ物語26』~怒鳴られて勉強~

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「お参りの人波」を縫って階段を登るボクと「ちあきなおみ」

「伊東ゆかり」「黒木憲」を防府天満宮に連れて行った直後の「大ヒット」。

この「ダブルのゲン」を、どうしても「ちあきなおみ」にも担(かつ)がせたかった。

前の二人の、「お参りキャンペーン」を協力して呉れた友人達に、又々三度目まで手伝わせるのは、とても気が引けたんだけど、彼らはむしろ喜んで引き受けて呉れたんです。

本当に素晴らしい友人を持ったと思いますね。

           ♪   ♪   ♪

…ところが、先に着いたボクと友人達が待っている、JRの「防府駅」に、肝心の「ちあきなおみ」が来ないじゃありませんか!

心配しているボク達の所へ、東京のマネージャーから連絡が入って判ったのは、「羽田からの飛行機に乗り遅れたらしい」という事。

           ♪   ♪   ♪

一便遅れた飛行機と列車を乗り継いで辿り着いた彼女は、「遅れた申し訳なさ」と「見知らぬ町の、ひとり旅」の不安で、真っ青な顔をしてボクの前に現れた。

「済みません。遅れてしまって…」と謝る彼女に、ボクが答える暇もなく、友人の一人が、「お前は何を考えちょるのか!」…と、一喝!。

「デビュー間もない新人が遅れるとは何ごとか!」という説教だった。

全ての準備をボランティアで、やって呉れてる彼に対して、ボクは何にも言えなかったし、彼女もただ青い顔して謝るしかなかった。

           *   *   *

後で冷静に考えてみると、おそらく彼は、ボクが「ちあき」を怒鳴って、後々、シコリが残るのを防いで呉れたのではないかと思う。

一喝して気が済んだのか、「さぁ、本人も着いたし、お参りに行こうか…」と、スタスタと歩き始めた。

何にも無かったような彼の態度で、救われたような気持ちになったのか、彼女もホッとしたような明るい表情になった。

おそらく、この時の「遅刻」と、「お説教」は彼女にとっても忘れられない事件なのではないだろうか。

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拝殿前で手を合わせて「ヒット祈願」をする二人。

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参道沿いのお宅の二階から「裸坊祭」の様子を見る「ちあき」。
その左横にボクの母のうしろ姿がチラッと見える。

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2007年10月21日 (日)

『早大グリー・100 周年』

遂に、昨日はブログを休んでしまった。

言い訳をすると、昨日は午後から、杉並公会堂で、ボクが在学中に所属していた『早稲田大学グリークラブ』の創立100周年・記念式典と「フェスティバル(音楽祭)」があったもんで…。

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「大隈講堂前」で、OBと現役学生、計800人の『オール早稲田のグリーメン』が大合唱

           ♪   ♪   ♪

今年は、ちょうど大学の創立125周年でもあるんです。

そうして考えてみると、グリークラブは、大学が開校して25年目の、明治40年に出来たということになりますね。

           ♪   ♪   ♪

参加者はOBと現役学生あわせて約800人。

卒業年度別に9グループに別れての演奏は、圧巻だったよ。
皆さんにも聴いて貰いたかったな。

           ♪   ♪   ♪

コーラス演奏、一番目のグループの年齢層は、最も若い人で71才、最年長は91才

いやー、91才の人の若々しいのには驚きましたね。
もしかして、歌は「不老長寿」の秘訣かもね。

           ♪   ♪   ♪

フェスティバルの最後は、聴衆も含めて、全員で『校歌』を歌って幕を閉じました。

           *   *   *

この後、「早稲田祭」で賑わう大学まで、参加者の殆どが大移動。

午後6時「大隈講堂」前に集合した約800人の「グリーメン」が全員で、校歌『都の西北』と、応援歌「紺碧の空」、「早稲田の栄光」を大合唱!

早稲田の杜(もり)に迫力いっぱいの歌声が響いて感動的でしたよ。

…なーんて、ワセダ以外の人には関わりのない話で、ゴメンなさい!

以上、お休みの「お詫び」をしているうちに時間切れになってしまいました。
最後にもうひとつ、「お詫び」を言わなければなりません。

『ちあきなおみ物語』の続きは明日書きます。

もう一度『御免なさい!』

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2007年10月19日 (金)

『ちあきなおみ物語25』

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『ちあきなおみ物語25』~2人めの「ヒット祈願」(裸坊まつりの日に…)~

1967年の春「伊東ゆかり」を天満宮に連れて行ったボクは「ゆかり、大ヒット!のゲン」をかつごうとその年の暮に、今度は「黒木憲」を秋の大祭裸坊まつりに連れて行った。

           *   *   *

「夜の東京の片隅で」という曲でデビューした黒木はまだ、全く無名の新人と言っても良かった。

           *   *   *

祭に「はだか坊」の一員として参加した「黒木」とボク、それに東芝レコードの制作・宣伝のスタッフ等、東京からの総勢6人

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【写真1】「裸坊まつり」が始まる直前に集合した「東京組」右から2人めが「ボク」、3人めが「黒木」東芝レコードのスタッフに囲まれて…。

この時も、この無名の新人と、東京のスタッフを高校の同級生や、地元の有志の人達が実に暖かく迎えて呉れましたね。

勿論「黒木」の人なつっこい人柄も大歓迎の大きな要因ではありましたが…。

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【写真2】「まつり」は少しずつ盛り上がってますね。前列右から2人めが「ボク」相当「ノッてますね(笑)」

キャンペーン&祭参加の翌年に発売した「霧にむせぶ夜」が何と又、「大ヒット」したんですね。

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【写真3】夜の本番までに、こうして気勢を上げて市内を練り歩く訳です。もう、かなりお酒が廻ってるネ…。

考えてみると、この二人にもボクはかなり「入れ込んで」いたんですね。

この2回重なった、ダブルの「ゲン」を、ちあきなおみにも受け継いで貰おうと、1969年の晩秋に「3度目のヒット祈願」を同じ「裸坊まつり」の日に、又々やったんですよ。

肝心な「ちあきなおみ」の写真は明日になりそう

〜 つづく 〜

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2007年10月18日 (木)

『ちあきなおみ物語24』

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『ちあきなおみ物語24』~防府天満宮・一人目のヒット祈願~

実は「ちあきなおみ」を防府天満宮に連れて行ったのには訳があった。

1967年の春に、まだ売れてなかった「伊東ゆかり」をお詣りに連れて行ったんですが、その年の内に『小指の想い出』が爆発的ヒットしたんです。

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【写真1】天満宮に「お詣り」に行った伊東ゆかりとボクを「防府駅」まで迎えに来て呉れた高校時代の同級生達

ちょっと話が横道に外れますが…
「ゆかり」とボクを迎えて呉れた同級生達は天満宮の「お詣り」だけではなく、万全の態勢でキャンペーンを用意して呉れてた。

           *   *   *

まだ、発売したばかりの「小指の想い出」を、防府市内ではすでに「酔っぱらい」が鼻唄を歌って歩く程の「前宣伝」をして呉れていたんですよ。

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【写真2】拝殿の前で神子(み子)さん達に囲まれた「伊東ゆかり」

「伊東ゆかり」とボクに同行した、キングレコードと渡辺プロダクションのスタッフは、この防府市内の異常な盛り上がりを目(ま)のあたりにして、帰京後、急拠「宣伝会議」をやり直して「宣伝予算」を取り直し、大攻勢を掛けることになったという訳です。

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【写真3】「神子(み子)」と「伊東ゆかり」の撮影風景を遠くから見る「ボク」(右端)若いね!

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2007年10月17日 (水)

『ちあきなおみ物語23』

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『ちあきなおみ物語23』~「ゲン」をかついで"裸坊祭"~

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ボクは何にでも「のめり込む」悪いクセがあって、この素晴らしい出来栄えの「ちあきなおみ」を、何が何でも「大スター歌手」に育てたかった。

           *   *   *

そこで、ボクは彼女を、山口県の『防府天満宮』に連れて行く事にした。

実は、「防府天満宮」はボクの生れた鈴木家が、代々宮司を継いで来たので、ボクの"実家"と言ってもいゝんです。

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           *   *   *

1967年(昭和42年)に、まだ無名の「黒木憲」をヒット祈願に連れて行き、翌68年に「霧にむせぶ夜」が大ヒットした「ゲン」をかつぎたかったから…。

           *   *   *

ふるさと山口県防府市は故郷という事もあって、「ボクの作品」は、市民の多くが関心を持って呉れていたので、「ちあきなおみ」も新人ではあったが、多少は知れていたし…それにあの「ミニスカートと黒髪とブーツ」。

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           *   *   *

お詣りに選んだ日は、黒木憲と同じ「裸坊祭」(はだかぼうまつり)の日を選んだ。

註※ "裸坊祭"の正式な名称は「神幸祭(じんこうさい)」Houhu_tenmangu03

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〜 つづく 〜

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2007年10月16日 (火)

「オーディション」&『ちあきなおみ物語22』〜 念願のデビュー 〜

今日も事務所に出てみると「オーディション」応募の封書が来ていた。

エイベックス・"J-more"レーベルのA&R担当のS氏に来て貰って、一緒に試聴。

22日の「最終面接と試聴」用の資料を3人分持って帰って貰ったけど・・・。

スターになれそうな「容姿と歌唱力」が揃った「人材」は、なかなか居ないもんですね。

※今回のオーディションの最終審査は、10月22日(月)、原宿にある「エイベックス・アーティスト・アカデミー」で行うことになりました。

※書類審査と歌唱の審査にパスした人には既に直接お知らせしております。
「飛び入り」の審査は出来ません。

この件のお問合せは、エイベックス・エンタテインメント㈱では対応出来かねますので、
ご了承下さいね。

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『ちあきなおみ物語22』〜 念願のデビュー 〜

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こうして「ちあきなおみ」は1969(昭和44)年の6月にコロムビア・レコードから「念願のデビュー」を果たしたのです。

デビュー曲は勿論、ボク作曲の「雨に濡れた慕情」。

作曲家になってから、こんなに「手塩にかけ」て歌手を育てたことは、ボクにとっても「初めての体験」でしたね。

           *   *   *

「大爆発」とまでは行かなかった「雨に濡れた慕情」だが、それでも20万枚そこそこの売り上げ。(今なら「大ヒット」の枚数ですがね…)

           *   *   *

「ちあきなおみ」の歌唱力を「世に知らしめる」には充分で、コロムビアは僅か5ヶ月後にはセカンドシングルの「朝がくるまえに」を発売した。

〜 つづく 〜

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2007年10月15日 (月)

『ちあきなおみ物語21』長い黒髪

『歌のメルヘン』を初めて訪問した人は、ちょっと面喰らうかもしれませんね。

ボクの勝手な「独り言」が終ったかと思うと、いきなり、『ちあきなおみ物語』の、昨日までの続きが出て来るんだからね。

話の途中からで、訳の判らない人はゴメンね。
その内ホームページに一括して、全編掲載しようと思ってます。

気が向いたら読んでみて下さい。

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…で、ここから
『ちあきなおみ物語21』〜きのうの続き〜

CDの「ジャケット写真」 (ちあきなおみがデビューした頃は、まだレコードだったが…)は、雑誌で言えば「表紙」のようなもの。

お菓子で言えば、『パッケージ』を見ただけで、「食べたくなるデザイン」にしなければ、購買意欲をそそらない。

           ♪   ♪   ♪

そして、新人のレコード歌手を売り出す時は、『ジャケット写真』を見ただけで、「歌手の魅力」と「楽曲のイメージ」を想像して貰えないと、話にならない。
聴いてさえ貰えないのだから…。

           ♪   ♪   ♪

だから『ちあきなおみ』のデビューに当っても、本人の姿を『どう見せるか』が、とても「重要なポイント」であった訳です。

…で、ちあきなおみのデビュー・シングルのジャケット写真については…

コロムビアレコードといつものボク達スタッフ、それに〈業界内の応援団〉も、揃って「ミニ・スカート&ショート・ヘアーがベスト」という意志統一が出来たんだけど…。ただ、いつもは無口で素直な、当の「本人」だけから、長い髪を切り落とす事について「はい判りました」の返事がなく、逆に「イヤです」とも言わなかった。

何となく「歯切れが悪い」様子。

           ♪   ♪   ♪

…で、どうしたかって?

結論を言えば…

作曲家は写真撮影には立ち合わないもの。

でも、出来上がった写真は、ボク達のイメージどおり。

髪の長さは「ショート」でこそなかったが、肩の辺りに掛かって、「ミニ・スカート」にも良く似合ってたよ。

           ♪   ♪   ♪

ただ、吉田氏からの報告だと、「説得するのに、とても苦労した」という話だったけどね。

そこで、今日はもう一度、デビュー曲『雨に濡れた慕情』のジャケット写真と、この時の「ミニ・スカート」と、髪の長さを見てください。

いずれも、コロムビアから発売したレコードの写真から…。

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2007年10月14日 (日)

『ちあきなおみ物語20』〜 ミニスカート〜

先々週、先週と連続の仕事で休めなかったので、今日も新橋の治療院でマッサージに行ってきた。

今回は、僅か三日おいてのマッサージなので、少しは元気が長持ちするのかな?…と、はかない期待をしておるのですが(笑)

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『ちあきなおみ物語 20』 〜 ミニスカート〜

「芸名」も決まり、「デビュー曲」も決まって、ここからはレコード会社とプロダクションが全力を上げてプロモーションをやる番だ。

ところが「ちあきなおみ」も、「三芳プロ」も、全く無名の状況。
果たして、どんなプロモーションをやれば効果が上がるのだろうか?

それでも、幸いなことに「凄い新人が出るらしい!」という噂が拡がってもいたし、前にも書いた「フジテレビ」の千秋(せんしゅう)氏、同じく「フジ」の白鳥プロデューサーも乗って呉れて、この辺りの人達は、デビュー前から、もう完全に「ちあき」の味方!

誰が言うともなく「ジャケット写真は絶対〈ミニスカート〉…」ということになった。

〜 つづく 〜

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2007年10月13日 (土)

「車椅子」&『ちあきなおみ19』

言い忘れてたけど、昨日、「エイベックスとの会議」の前に、アレンジャーの竜崎孝路さんと、「唐木淳」の次回発売・シングル候補曲の編曲について綿密な打ち合せをやった。

勿論、唐木本人も立ち合わせたよ。

…ところが竜崎さんは、奥さんと、中学生の息子さんに付き添われて、車椅子でやって来たんです。

ボクはあらかじめ、事情を電話で聞いていたし、実は何年か前も、似たような事があったので、そんなに驚かなかったとは言うものの、実際にその姿を見ると、とても痛々しかった。

           *   *   *

車椅子の理由は、何かで左足を痛めてしまって、こんどはそれを右足ばかりで庇(かば)い過ぎて、こちらが痛んだという事らしい…。
痛々しい姿だったけど、打ち合せは実にスムーズに行ったよ。

ボクがインスタントに書いた“イントロ(前奏)のメロディー”を竜崎さんがキーボードで、テナーサックス・の音色で弾く。

「その続き」をボクがピアノで弾く。

「わぁー格好いゝ!」
「これ、イントロ、この儘いけますよ!」
「そうしましょう!」

こんな感じで竜崎さんの痛々しい姿を忘れて打ち合せが終了。

帰りぎわに竜崎さんは、
「車椅子はオーバーだけど、痛みはないから心配しないで下さい。」
と言ってたけど…。

大変だろうなぁ。
早く治って欲しいな!

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『ちあきなおみ物語19』 〜ちあきなおみ誕生〜

最近の歌手やタレントは、苗字(みょうじ)の無い芸名を付ける人が結構いるよね。

例えば、“優香”とか“小雪”、それに“りょう”とかね…。

ところが「ちあき」がデビューした昭和44年(1969)頃は苗字がちゃんとあって、下の名前が揃った芸名が常識だった。

           ♪   ♪   ♪

…だから吉田マネージャーが、芸名を「ちあき」にしたい、と言いだした時には、ボクもKさんも、「まさか、〈ちあき〉だけじゃ格好つかないよ」

「瀬川ちあき?それとも、ちあき三恵子?」…と彼に聞いたもんですよ。

すると吉田マネージャーは、「実は坂本竜馬の親戚に“滝ナオミ”(ボクの記憶が確かなら)という人物が居て、その人の名前を是非付けたいんですよ」と、珍しくこだわり続けた。
(日頃から吉田氏は坂本竜馬を尊敬してると、公言していた。)

           ♪   ♪   ♪

「だから、その名前を頂いて、“ちあきなおみ”っていうの、どうでしょう?それも全部、平仮名で…」と彼は続けた。

ボク:「そういえば“いしだあゆみ”も全部平仮名だねぇ」

Kさん:「“どうでしょう”って吉田ちゃん、もう決めてしまったように言ってるじゃないの(笑)」

吉田「じやあ、これで行きましょうよ!」

…といった“やりとり”があって、「コロムビアが賛成したら、それで行きましょう」と、いう結論になった。

           ♪   ♪   ♪

こうして「瀬川三恵子」から『ちあきなおみ』が、めでたく誕生したという訳であります。
〜 つづく 〜

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2007年10月12日 (金)

「アサヒ芸能」

週刊『アサヒ芸能』から、やっぱり「ちあきなおみ」の写真を提供して欲しい、という連絡があったのて、既にこのブログに載せた写真を貸すことにしました。

10/16(火曜)の発売だそうです。

           *   *   *

今夜はエイベックスのスタッフと「O's」の事で会議をして、随分遅くなっちゃった。

「ちあきなおみ」のお話は間に合わなかった。

アサヒ芸能の話の方が、あんまり先に行っちゃうと困るなぁ…。

でも、まぁ、ボクのブログの方が詳しいと思うけどね(笑)

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2007年10月10日 (水)

打合せ

今日は某レコード会社の部長、ディレクターが事務所に来て打合せ。

何の打合せかはヒミツだけど(笑)。

いくつかのプロジェクトを同時進行させているので忙しく、充実しているんだけど、プールになかなか行けないのが辛いところ。

皆さんは忙しくても、ジム通いとか、きちんと続いてるのかな?

これから打合せを兼ねた食事に行かなくちゃいけないので、「ちあきなおみ物語」はお休みします。

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「マッサージ」&『ちあきなおみ物語18』

何でだろう?とにかく忙しくて…。

急いで歯を磨いて、急いで朝飯たべて、急いで駅に出て、電車に飛び乗って…。事務所に出かけて行く。
サラリーマンでもないのにね(苦笑)

「あなたは自分で忙しくしてるだけなのよ。」と、妻が言う。

決して忙しいのを楽しんでる訳じゃないんだけどね。

           *   *   *

とにかく、肩も首も凝って仕方ないので、行きつけの新橋の治療院でマッサージをして来た。

「3ヵ月ぶりじゃないですか?」と言われて、「そういえば、この間も美容院で同じこと言われたな」と思い出した。

ここの所、お弟子さんや社員の前で、首や肩をグルグル廻しながら、「あゝ疲れたー」と、謎をかけるような仕草をすると、「肩を揉みましょうか?」と、言って呉れるので、つい甘えてたからね(悪いヤツだね…笑)

それで「本職のマッサージさんはどうだったか?」って?

「お金を払う分だけ」長い時間やって呉れましたよ。(笑)

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Photo

『ちあきなおみ物語18』〜 芸名・「ちあき」〜

吉田:「フジ・テレビの千秋与四夫(プロデューサー)さんの“千秋”を貰いましょうよ」

ボク:「せんしゅう?」

吉田:「いや、センシュウでは他の局の“乗り”が悪くなるので、平仮名(ひらがな)で「ちあき」ですよ…。」

ボク:「ふーん?」

K:「吉田チャン。それで本当に千秋さんが応援して呉れるの?」

吉田:「凄く乗って呉れてるんですよ。それで名前の話にも乗り気なんですよ。」
…と、こんな「やり取り」で結構、時間が経った。

           *   *   *

当時の「千秋」氏は、確かに「売れっ子の敏腕プロデューサー」として飛ぶ鳥を落とす勢いの、業界でも有名な人だった。

しかし、ボクもKさんも、「本当に千秋さんが、芸名・〈ちあき〉の話に本気で乗って呉れてるのか?半信半疑ではあったが、まぁ、それで千秋さんが少しでも応援して呉れるのなら「心強い」という事で、「ちあき」賛成の方向に話が傾いて来た。

〜 つづく 〜

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2007年10月 9日 (火)

「天井裏の洋服」&『ちあきなおみ物語17』

朝から(…と、言っても限りなく昼に近い)天井裏の納戸に上がって、夏と秋の洋服の入れ替えをやった。
今年は九月まで暑かったので、何処のお宅でも、薄めの生地のものは殆ど着ないままになりそうだね。

階段の「昇り、降り」は「慎重に、慎重に!」ど言い聞かせながらやったよ。

足が引っ掛かったりしたら「まっ逆さま」に落ちて、首の骨なんか簡単に折れちゃうからね。

まぁ、とにかく無事に入れ替えは終了しましたよ。

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Photo
『ちあきなおみ物語17』

録音が終了してからボクのレッスン室には、コロムビアのディレクター、プロダクションの吉田尚人氏、それに隣の事務所(…て言っても、まるでボクの事務所みたいな感じになってたけどね)の人達、その他にもいろんな面々が集まって来るようになった。

勿論、ボクは「ちあき」の仕事しかやってない訳じゃないから、他社のディレクターや歌手も来てはいたんだけどね。

           *   *   *

特に、吉田マネージャーはいろんな情報を持って来るようになった。

早速、コロムビアと協力して、発売前のプロモートを展開し始めたらしい。

           *   *   *

「いやー、何処に行っても、“凄い新人が出た”という評判なんです。」

「特にフジテレビのプロデューサーが乗ってます」

こういう報告は幾ら聞いても嬉しかった。

           *   *   *

ボクが「早く芸名を決めなくちゃね。」と言うと…

「それなんですが…」
彼は一段と大きな声で話し始めた。

〜つづく〜

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2007年10月 8日 (月)

テレビ・コマーシャル

歌の甲子園・埼玉大会」で狭山市に行く途中のこと…。

新宿から「山手線」に乗り換えて、高田馬場まで行く途中、車内のドアの上のテレビ画面をみていたら、ビールの宣伝をやっていた。

           *   *   *

ないものは作るしかない!」…という文字が出た後で、大勢の人たちが踊りだすんだけど、音声は出ないのになんだか面白くて、つい見とれてしまった。

音なしで、これだけ見せるのだから、かなりインパクトのある CMだよね。

ついつい見とれて「高田馬場」で乗り換えるのを、またまた忘れそうで、慌てて飛び降りたよ。

それにしても、ボクは、いろんな事に見とれるんだな…と気が付いたよ。

…ところが、次の西武線に乗り換えてから、「さっきの面白いCMは何ビールのだっけ?」

えーと、サッポロ?それともアサヒ??キリン??

CMも、あまりインパクトが強かったり、ストーリーが面白いと肝心な事を見落とす時があるんだよね。

           *   *   *

オモシロイといえば、こんなテレビのコマーシャルを見たことない?

ゴルファーがボールを打つ為にスイングを始めようとする…。
そこで画面には「ゴルフ・ボールが大きくズーム・アップ」

ところがなんと、ボールには蜂が止まってる

プレイヤーは「うん?」という顔をしてボールを見つめるが、どうしても打てない。

この人の顔がなんとも滑稽なんだよね。
…そこで、今度は蜂が逃げる。

…そこで、再びボールを打とうとクラブを振ろうとするが…

見ると、又、ボールに蜂が止まっている。

ブレイヤーの何ともいえない目と、真剣だけど困ったようなオーバーな表情の顔がクローズアップアップ。
何度見ても、吹き出してしまう。

ボクはこのコマーシャルが大好き!

これって何のCMでしたっけ?

ゴルフ・ボールのメーカー?
スポーツ用具のメーカー?それとも保険会社?

皆さんスポンサーの名前憶えてます?

スポンサーや広告代理店には、ちょっとショックな話かもね。

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全国歌の甲子園 埼玉大会 結果 ボクのホームページから

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2007年10月 6日 (土)

埼玉大会&『ちあきなおみ物語16』

明日は、狭山市で「歌の甲子園・埼玉地区予選」がある。

審査委員長として出席するにしては、髪の毛が延び放題で、いささか「むさ苦しい」

そこで、行きつけの美容院に行って来た。

           *   *   *

「軽井沢に行かれる前に来られたから、3ヵ月めですね。」…と、言われた。

髪を短くしたら気分までサッパリ

帰りぎわに、「年末までには、もう一度来て下さいよ。 特にハワイに行く前には必ずね!」だって…。

そういえば、ここに来たら、「軽井沢に行くから短めにカットしてね。当分、来れないから。」…とか、
「ハワイに行くので短めに切って」なんて、しょっちゅう言ってるから、ボクの行動はかなり「見え見え」というワケだ。

待てよ!…という事は、ボクは年に2〜3度しか髪を切ってないんだね。

でも、洗髪だけは頻繁にやってるからね。
…念のため(笑)

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Photo

『ちあきなおみ物語16』~コロムビア専属歌手~

…そして遂に録音が始まった。

ちあきなおみ、いや、「瀬川三恵子」にとっては長い間、待ちに待った、「コロムビア専属歌手」としての録音だった。

憧れていればいる程、「初録音はアガる」もの。

しかし、この日の「三恵子ちゃん」は全然、緊張していなかった。

いや、「緊張していなかった」ように見えた。

スタジオには他に、吉田旺さん、それと、今やまるで「ボクの事務所の社長」みたいになっていたKさん。
それから、三芳ブロの吉田尚人氏。

その他に誰が居たのか?ボクは全く憶えていない。

その日のボクは、そんなことはどうでもよかったからね…。

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2007年10月 5日 (金)

『ちあきなおみ物語15』

先日、文化放送系列の音楽出版社のゴルフコンペに参加して、
飛び賞として(何位かは云わないよ・笑)、ソニーの「デジタルミュージックプレイヤー」を見事(笑)獲得して来たヨ!
これがナント100円ライターくらいの大きさなのに、アルバム30枚分くらい曲が入って
写真や文書データなんかも入るらしい。

かなり音も良いし、今の技術は大したモンだねぇ。

でもあまり夢中になって聴いてしまうと、この間の「電車の中の妙齢女性のフルメイク」
のような面白い(?)出来事を見逃してしまうから気を付けなくちゃね。

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Photo

『ちあきなおみ物語15』

計らずもボクの部屋で盛り上がった関係者の中に、三芳プロの吉田尚人氏も居た。

「デビューが決定する迄は行くな」と誰かに言われていたのか、彼とはこの日が初対面だった。

だから彼女がプロダクションに所属していた事も、ボクはこの日まで知らなかった。

この事は坂田さんの意向なのか、それともKさんの意向なのか判らないが、レッスンの期間に音楽以外の余計な事を、ボクに知らせても仕方ないと思ったのだろう。

           *   *   *

「雨に濡れた慕情」と「かなしい唇」の2曲が揃ったことで、急転直下、「デビュー」に向けて全ての事が「走り出した」

まず、最初に「レコーディング」だ・・・。

「雨に濡れた慕情」のアレンジは、「小指の想い出」をアレンジして呉れた森岡賢一郎氏に、「かなしい唇」のアレンジは、「青江美奈」さんなどのアレンジが多い竹村次郎氏にそれぞれ依頼した。

           *   *   *

アレンジの打合せには、本人の生の声を、まず聴いて貰う事から始めた。

この特長のある「ハスキー・ボイス」をしっかり活かしたオーケストラを作るには「生の声を聴いて貰うのが一番」と考えたからだ…。

           *   *   *

デビュー直前の「瀬川三恵子」は相変らず「はしゃぐ」でもなく、飄々としており、かといって決して「無愛想」でもなかった。

Chiaki

デビューした「ちあきなおみ」をボクは故郷の山口県防府市へ連れて行った。
デパートで色紙にサインをするボクと「ちあき」

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2007年10月 4日 (木)

「ドジなボク」&『ちあきなおみ14』

一昨日、地図を忘れて目的地に辿り着けなかった「新宿のビル」に、今日はしっかり地図を持って出掛けた。

           *   *   *

同じミスを繰り返さない為に、今日は「新宿西口」からタクシーに乗って、「“文化学院”の先の右側に《パークタワー》というビルが有るらしいので、そこ迄行って下さい」…と、運転手さんに地図を見せると、「あ、パークホテルね」 というなり発車した。
「解ってるのかな?」と心配してるうちに、4〜5分でもう到着。

車を降りて振り返って見ると、何のことはない!
一昨日、諦めて「引き返した交差点」をもう一つ渡った所のビルだった。

まったく「ドジ」な話。

三日ぶりに目的を果たしたボクでありました。

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Photo

『ちあきなおみ物語14』〜A面決定〜

レッスン室の向こうの事務室で、ボク達の新曲レッスンを聴いていたKさん、事務のお嬢さん(今の吉田旺夫人)、そして後で紹介される吉田尚人氏達が次々にニコニコしながら、ボクの部屋に集まって来た。(ボクのレッスン室とKさんの事務所は、将にこんな関係だったんです)

           *   *   *

…こんな感じだったから、『両A面』で行く筈だったデビュー曲は、「雨に濡れた慕情」がメイン曲になったも同然だったのです。

〜つづく〜

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2007年10月 3日 (水)

『ちあきなおみ物語13』

Photo

『ちあきなおみ物語13』 〜「雨に濡れた慕情」のレッスン〜

こうして「雨に濡れた慕情」が完成した時には、ボクの頭の中には「ちあきなおみ」の声と歌い方が既にコビリ付いており、逆に「ちあき」の身体の中には、ボクの求める「発声」と、「歌い方」が沁み付いていた筈だ。

           *   *   *

この新曲のレッスンも、何時もと全く同じ「練習方法」だった。

最初にボクが「雨の降る夜は~」と2小節歌う。続いて彼女がボクが歌ったとおりに「雨の降る夜は~」となぞって歌う。

こんな調子で「ワンコーラス」通した後、満足そうにボクが笑うと、彼女もホッ!とした様に肩の力抜いて笑った。

           *   *   *

これだけで新曲のレッスンは完璧に終ったも同然。

"このやり方"は今迄レッスンを続けて来たことの「復習」だった訳だから…。

ボクは早速新しく担当になった木村ディレクターを呼んで聴いて貰った。

「今迄の流行歌には無かったこのメロディーを、果して判って呉れるかなー?」ボクは大いに不安だった。

…ところが、ボクの予想に反して「先生、いゝじゃないですか、斬新な曲ですね。」と喜んで呉れて「リズムも乗りのいゝ8ビート、テンポも普通の歌謡曲より早めにして、うんと洒落れたいですね。」と乗って来て呉れた。

~つづく~

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2007年10月 2日 (火)

「ゴメン!」

今日は本当なら「ゆっち」(曽根由希江)の レッスンをする予定だったんだけど、彼女は久しぶりにTBSの「王様のブランチ」のロケが入ったとかで中止。
思わぬ時間が出来たので、妻と一緒に、新宿に出掛けた。

           *   *   *

自宅の玄関のタイルが、かなり古ぼけて来たので、タイルの展示してあるビルに「出掛けてみようか」ということになった。

ところが、新宿に着いてから、地図を忘れて来た事に気が付いて、「確か、西口から甲州街道を笹塚方面に行くと書いてあったよ」…と、強引に歩くボク。

「なんていうビルなの?」と、妻が聞く。
「えーと、カタカナの名前だったなぁ。アル…なんとか…」(まずい!そろそろ機嫌が悪くなるかな?)

「工事を頼んだ人に電話して、ビルの名前きいてみたら?」
「そうだ、彼に聞いてみればいいんだ」(ホッ!まだ大丈夫だ!)

…ところが、携帯電話ってこういう時に限って「只今、電源が切れているか、電波の届かない場所…」なんて言うんだよね 。

結局、「何とかビル」が何だか解らない儘、かなりの時間を歩き廻って、「ゴメン!」

救いだったのは、どういうわけか、妻が「あー疲れた!」…とさえも言わなかった事でした。

           *   *   *

…でも、帰り道のスーパーの買い物では、自発的にレジ袋を半分は持たせて貰ったよ。
* * *
…と、いうワケで、かなり「おつかれ」のボクであります。
またまたでありますが『ちあきなおみ』のお話は「お休み」にしてください。

今日は「ゴメン!の日」だったのかな?(苦笑)

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2007年10月 1日 (月)

「オーディション応募の仕方」&『ちあきなおみ物語12』

「オーディション応募の仕方」

事務所に出たら、オーディションの応募の封書が沢山来ていた。

同封されていたCDやMDを何人分も聞いたヨ。

Audition_suzuki

きちんと録音されたものもあるし、「え?これでも歌手志望?」という、ひどい録音状態で送って来た人もいるし、中には全く無伴奏の、いわゆる「アカペラ」で送って来る人もいる。

           *   *   *

録音状態だけで本人の「音楽性」も判断する訳だから、気を付けた方がいゝよね。

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Photo

『ちあきなおみ物語12』 ~レッスンの最終仕上げ~

詩と曲が完全に出来上がった時点で「ちあきなおみ」(この時点でも、まだ「三恵子」ちゃんだったのだけど・・・)を呼んで、ピアノで歌わせてみた。

長い間、レッスンを続けて来たボクの頭の中には、彼女の声が完全にコビり付いていた。

歌い始めた彼女の声を聴いて、ボクは思わず「うん、いゝぞ!」とつぶやいた。

「イメージ通り」だった!

           *   *   *

一年半近く続けて来た「レッスン方法」は、何時でもボクが最初に

①ワンフレーズ歌ってみせる。

②彼女がその歌い方を真似して歌う。

習字の練習をする時、先生の書いた字の上に半紙を置いて「なぞる」。あのやり方を歌でやる方法だ。

次は③ボクの「イメージに合わない歌い方」は、①、②を「何度も繰り返す」というやり方だった。

〜つづく〜

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